是枝裕和が向田邦子「阿修羅のごとく」をリメーク。“女性像そのものをアップデート”2025/01/22
向田邦子が脚本を手掛けた昭和を代表する家族劇の傑作を、名匠・是枝裕和氏の監督・脚色によりリメークした「阿修羅のごとく」。宮沢りえ、尾野真千子、蒼井優、広瀬すずが4姉妹に扮(ふん)し、恋愛観も違えば、生き方も違う4人の姉妹の泣き笑いが細やかに描かれていく。念願でもあった向田作品を映像化した是枝監督が、その心境や作品への思いを明かした。
――向田さんについて、これまで是枝監督は「最も尊敬し自分に一番影響を与えた」と話していますが、向田作品との出会いはどこまでさかのぼりますか?
「名前を意識しないで見ていて、あとで“あれも向田邦子だったのか”と思ったのは『だいこんの花』(1970年/NET)です。『寺内貫太郎一家』(74年/TBS系)以降の連続ドラマは、同時期に見て楽しんでいました」
――その中でも、一番好きな作品としてたびたび言及してきたのが「阿修羅のごとく」です。なぜそこまでの作品になったのでしょうか?
「素晴らしかったのは女性たちの人物描写ですよね。直後に向田さんがお亡くなりになったことも大きかったと思います。彼女はこの先どんな作品を書くんだろうと、想像がものすごく膨らんだところで、キャリアが突然終わってしまったから。僕がテレビドラマに夢中になった1970年代、脚本家といえば向田さんと倉本聰さん、山田太一さんの3人が頂点でした。市川森一さんを加えれば、それがトップの4人。幸いなことに倉本さんや山田さんとはお会いすることができて、創作についていろいろお話をしましたが、残念ながら向田さんとはできなかった。だから今回『阿修羅のごとく』をリメークすることは、向田邦子とは何だったのかと、より深く理解するためのアプローチだったのかもしれません。自分なりの決着のつけ方とでも言うんでしょうか」
――今回のリメークは、八木康夫プロデューサーから是枝監督のもとに企画が持ち込まれたことで実現したと聞きました。その時点で、既に4姉妹のキャスティングは固まっていたそうですが、それ以外に是枝監督からの提案や要望はありましたか?
「オリジナルが相当に完成度の高い作品なので、初めは脚本を1字1句変えずにやろうと思いました。ところが制作するにあたり、実妹の向田和子さんにお会いしたところ、『脚本は好きなようにしてください』とおっしゃったんです。それで少し手を入れてみようかと思い、脚色し始めたら、4人の俳優たちのキャラクターに沿って書き加えていくことが楽しくなってしまった。それなら女性像そのものもアップデートしていこうと思ったんです」
――アップデートしようと思ったのは、具体的に言うとどんな点ですか?
「オリジナルが作られた当時の、時代の制約を特に受けているのが、夫の不倫に悶々(もんもん)とする専業主婦の次女・巻子です。彼女の姿は、当時としてはリアルだったかもしれませんが、今の視聴者が見た時に一番共感しにくいキャラクターかもしれません。巻子だけでなく、妻のいる男性と密会を重ねている長女・綱子の後ろめたさや、三女・滝子の男性経験の乏しさ、四女・咲子の男性に引きずられていく弱さも、今の視点から見るとそれぞれ少し気になるなと。そこはアップデートしようと思いました」
――脚色にあたっては、どのような点を考慮しましたか?
「4姉妹の力関係をオリジナルと少し変え、それぞれが自分を肯定していく流れをちょっとずつ太くしています。あくまでオリジナルを尊重しつつ、4人のキャスティングと時代状況に合わせて脚色を行いました」
――4姉妹はガンガンとぶつかり合いますが、心の底では互いを思いやっている。それが細かいセリフや演技を通して伝わってきます。
「会話で交わされる表面上の毒と、その背後に隠された愛、その両方があるから向田邦子のドラマは豊かなんです。それは人を描くうえで大事なところだし、言葉になっているセリフを伝えるだけでは芝居じゃない。今回、4姉妹を演じた4人はみんなそれができる人たちだったので、撮っていて面白かったです。含みの部分をちょっとしたことで出せるんですね。4人も演じていて楽しそうでした」
――4姉妹を演じたキャストの方々については、撮影を経てどんな印象を持ちましたか?
「4人はお芝居のつかみ方がみんなバラバラなんです。一番自由なのは、実は長女役の宮沢りえさん。事前にはほとんど決め込んでいなくて、4人の掛け合いの中で、“じゃあ私はこう動こう”って自分のポジションをつかんでいくんです。動体視力がいいんでしょうね。生き生きしていたと思います。そんな宮沢さんの、見事な受けをしていたのが、次女役の尾野真千子さん。待ち時間のあいだ、宮沢さんと尾野さんがずっとふざけていて、それに周囲が巻き込まれていく(笑)。ムードメーカーでしたね。夫の鷹男役を演じた本木雅弘さんが、尾野さんとは芝居がとてもやりやすかったと話していましたが、それくらい受けが見事でした。集中力もすごくて、一気に芝居に入っていくんです。 三女役の蒼井優さんとは、今回初めてご一緒しましたが、すてきな人でしたね。尾野さんとはまた違ったタイプの集中力があって、3秒でスイッチが入る。それはそばで見ていても分かるし、本人も分かるそうです。そして何度も繰り返しそれができる。特殊能力なのかもしれません。勝又役の松田龍平さんとの掛け合いもすごくよかったですね。四女役の広瀬すずさんは、基本的にNGを出しません。完璧に出来上がった状態で現場に来て、テーク1から100点を出してくる。どんなキャリアを踏むとああなるのかって、3人のお姉さんたちが驚いていました。広瀬さんは、デビュー時の宮沢さんと顔立ちが似ているとよく言われてきたそうですが、天才肌のところは似ているかもしれません。みんなタイプはバラバラだけど、全体としてバランスはすごくよかったですね。この4人だったから、向田邦子の脚本を立体化することができたんだと思います」
【プロフィール】
是枝裕和(これえだ ひろかず)
1962年6月6日生まれ。東京都出身。95年に「幻の光」で映画監督デビュー。「誰も知らない」(2004年)、「歩いても 歩いても」(08年)、「そして父になる」(13年)、「海街 diary」(15年)、「三度目の殺人」(17年)などで国内外の主要な映画賞を受賞。18年に「万引き家族」がカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞し、アカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされた。そのほか、近作に日仏合作映画「真実」(19年)、韓国映画「ベイビー・ブローカー」(22年)、「舞妓さんちのまかないさん」「怪物」(ともに23 年)など。
【コンテンツ情報】
Netflixシリーズ「阿修羅のごとく」(全7話)
Netflix
独占配信中
ある冬の日、久しぶりに集まった竹沢家の4姉妹。夫を亡くした長女・三田村綱子(宮沢りえ)は生け花の師匠、専業主婦の次女・里見巻子(尾野真千子)は会社員の夫と一男一女をもうけ平穏に暮らしている。姉妹を招集した三女・竹沢滝子(蒼井優)は都立図書館の司書、そして滝子と顔を合せれば口げんかばかりするウエイトレスの四女・竹沢咲子(広瀬すず)。彼女たちの日常は、年老いた父の愛人問題をきっかけに大きく揺らぎ、それぞれが抱える葛藤や秘密をあらわにする。
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