木村大作が「やりきった」と明言する「散り椿」。「三船敏郎も高倉健も岡田准一もセリフでとちったところは見たことない」2020/12/24
10代で映画の世界に飛び込み、黒澤明監督ら名だたる監督の作品で撮影技師として腕を磨き、2009年「劔岳 点の記」から映画監督としてもこだわりの作品作りを続ける木村大作。岡田准一主演の「散り椿」は念願の初時代劇監督作だ。かつて藩の不正を訴えたが受け入れられず藩を出た瓜生新兵衛(岡田)は、死期の迫った愛妻・篠(麻生久美子)に頼まれ、篠の元・許嫁(いいなずけ)で親友だった采女(西島秀俊)を助けるために、故郷に帰る。強きサムライの秘めた純情や男の友情がしみじみと伝わる感動作だ。
「この人でなきゃ」と自身がオファーした豪華キャストと、「僕がやるからには、全く新しい時代劇を創ろうと思った」という木村監督に、その映像美と人間ドラマ、迫力の殺陣、作品への思いを聞いた。
── 冒頭、雪が降りしきる中で新兵衛が追手を撃退します。岡田さんの見事な動きと真っ白な雪が美しい。観客の心をぐっとつかむ場面ですが、撮影が5月ですべて人工の雪とは驚きです。
「あの雪のシーンは小泉さん(小泉堯史=黒澤組出身の映画監督・脚本家)の脚本にはなかったんだけど、手持ちマシンを20台用意して、スタッフ総出で雪を降らせた。あのシーンで新兵衛の人柄や腕前が分かるよね。今の日本の映画界で、ワンカットであれだけ密度の濃い雪を降らせるのは、僕だけですよ。密度が濃いとその人間の感情が出てくる。黒澤さんが『映画にしかできない美しいものを撮りたい』ということを仰っていたけど、それは美しいものを撮るというだけの意味ではなくて、人間性や感情、生活、いろんな美しさを撮ることだと僕は思っている。そのためには、俳優だけじゃなく、画全体がそのシーンに合った美しさじゃないと。そうでないと、単に顔芸になっちゃう。日本には四季の美しさがあるし、素晴らしい庭もあるんだから、わざわざお金をかけてセットを作らなくても、しっかりバックも映すのが大事ですよ」
── 新兵衛は、妻・篠の前では「褒めてくれるか」と甘えるような顔も見せます。その後、亡妻の妹・里美(黒木華)は、彼にほのかな思いを寄せます。この切なさが、物語全体に響きます。
「新兵衛と篠の夫婦が廊下にいるシーンは、普通時代劇の所作では正座しているんだろうけど、それじゃ距離ができる。江戸時代だって、家に2人でいれば、正座なんかしないよ。どうしたかっていうと、岡田さんが麻生さんを股の間に座らせちゃった。2人の顔がとても近い。それでも、はしたなく見えないよね。里美もいい。井戸端で体を拭こうとする新兵衛に里美が濡れた手ぬぐいを差し出すシーン。テストで岡田さんが井戸の水を黒木さんの足元にこぼしちゃって。その時の黒木さんの表情がすごくよくて、本番でもこぼしてくれって言いました。僕は女優を奇麗に撮ると言われるけど、そのコツは、やっぱり相手にいい気分になってもらうこと。僕は女優に優しいよ(笑)。肉眼で見ても分からない体調の不調もカメラをのぞけば分かるから、“そんなの大丈夫。奇麗に撮る”って言いますよ。日本人の顔立ちに海外映画と同じライトを当てちゃダメ。長く撮影してたから、そういうこともよく分かってるんだよ。」
── 監督ご自身も役者として出演してますね!
「采女の父親の平蔵役です。それで髪を伸ばして、月代に剃って、本物のちょんまげにした。土砂降りの中で斬られるんだから、カツラでもいいんだけど、本物はこういうもんだって見せるのも大切だと思った。あまりにすごい雨で、溺れかかったよ(笑)」
── そして見せ場の一つが、殺陣ですね。監督は、重要な殺陣の大半をアクションに定評がある岡田さんに託していますね。
「岡田さんは映画の裏方にすごく興味があって、この映画でもワンシーン撮影もしてもらった。僕は、岡田さんに今までに見たこともない殺陣を要求したわけですよ。どっかで見た殺陣はやりたくなかったの。散り椿の前で新兵衛と采女が戦うシーンのあの低い姿勢は、本番当日、現場で岡田さんが考えて、西島さんと2人で合わせたらしい。岡田さんは椿の木の高さを意識したって言っていて…。椿はある意味、篠だよね。受ける西島さんも大したもんだと思う。受ける方が大変だよ。テストなんかしてないですよ。あの殺陣は、最初から最後まで1回しかやっていない。一発でうまくいかないと、何度やってもうまくいかないもんだよ。僕の映画の撮り方は一発OK。テストもやりたくないってところがある。だいたいすごい役者はトチリがないよ。三船敏郎も高倉健も岡田准一もセリフでとちったところは見たことないもん。俳優にはよく言うんだよ。『一発目に懸けろよ』って」
── では、最後に、令和2年度の文化功労者に選ばれた監督の、映画への思いをお聞かせください。
「ある俳優から、木村さんは『役者を演出するんじゃなく、映画を演出する』と言われたことがあって、うれしかったね。映画って本来、そういうもんなんですよ。『散り椿』を撮り終えた時は『やりきった』と思った。僕はあんまり世の評価は気にしないけど、モントリオール世界映画祭で審査員特別賞を受賞して『黒澤を思い出した』と言われたのもうれしかった。だから、もっともっとたくさんの人に見てほしい。『若いやつ、見てみろよ!』と言いたいね」
【プロフィール】
木村大作(きむら だいさく)
1939年東京都生まれ。日本を代表するカメラマンで、映画監督。58年に東宝撮影部にカメラマン助手として映画界入りしてからは、「八甲田山」(77年)、「駅 STATION」(81年)、「鉄道員(ぽっぽや)」(99年)などに携わる。監督3作目で、自身初となる時代劇「散り椿」(2018年)では岡田准一が主演を務め話題となった。その「散り椿」がテレビ初放送として、時代劇専門チャンネルで放送される。
【番組情報】
「散り椿」
時代劇専門チャンネル
12月30日 午後7:00~10:00ほか
※本編前後に木村大作監督のスペシャルインタビュー「 『散り椿』TV初放送記念 木村大作、散り椿そして映画人生を語る」 も放送。
享保15年。かつて藩の不正を訴え出たが認められず、故郷・扇野藩を出た瓜生新兵衛(岡田准一)は、連れ添い続けた妻・篠(麻生久美子)が病に倒れた折、彼女から「采女様を助けていただきたいのです…」と最期の願いを託される。采女(西島秀俊)とは、平山道場・四天王の1人で新兵衛にとってよき友であったが、2人には新兵衛の離郷に関わる大きな因縁があった。篠の願いと藩の不正事件の真相を突き止めようと、扇野藩に戻った新兵衛。篠の妹・坂下里美(黒木華)と弟・藤吾(池松壮亮)は、戻って来た新兵衛の真意に戸惑いながらも、凛とした彼の生きざまに、いつしかひかれていく。散り椿が咲き誇る春、ある確証を得た新兵衛は、采女と対峙する。そこで過去の不正事件の真相と、切なくも愛にあふれた妻の本当の思いを知ることに。しかし、その裏では大きな力が新兵衛に迫っていた。
取材・文/ペリー荻野 撮影/尾崎篤志
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