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「べらぼう」鳥山検校演じた市原隼人「悩み続けることが答え」2025/04/06

「べらぼう」鳥山検校演じた市原隼人「悩み続けることが答え」

 現在、NHK総合ほかにて放送中の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」。今作は、日本のメディア産業、ポップカルチャーの礎を築いた蔦屋重三郎の波瀾(はらん)万丈の生涯を描く、笑いと涙と謎に満ちた痛快エンターテインメントドラマだ。横浜流星が演じる“蔦重”こと蔦屋重三郎は、幼くして両親と生き別れ、吉原の引手茶屋(遊郭の案内所のようなところ)の養子となる。吉原の、人のつながりの中で育った蔦重は、とある思いから書籍の編集・出版業を始め、後に“江戸の出版王”へと成り上がっていく。

 本日放送された第14回では、幕府による当道座(男性盲人の組織)の取り締まりで、鳥山検校(市原隼人)と瀬以(小芝風花)は捕らえられてしまう。その後、検校は瀬以と離縁することに…。

 今回は、そんな検校を演じた市原隼人インタビュー。目の見えない難しい役どころを演じた裏側や、検校への思いを聞いた。

――まず、検校を演じると聞いた時の率直な感想を教えてください。

「大河ドラマに出演させていただくのは3度目で、これまでは資料を読むほかに血のつながっている方に会いに伺ったり、お墓参りをしたりしてきたのですが、検校は謎に包まれていて、資料が非常に少なく、血縁の方にお会いすることも、お墓に手を合わせることもできなかったので、心残りがありました。その中で、時代背景や当道座に関する資料を基に学び、さまざまな情報を組み合わせて役作りをしました。とても難しかったのですが、私がこの役を演じることで、視聴者の皆さんに新たな歴史上の人物を知っていただくきっかけになれば、ありがたいです」

――目の不自由な方に取材もされたと聞きましたが、どんな気付きがありましたか。

「東京・新宿にある『東京視覚障害者生活支援センター』で、視覚障害をお持ちの方や、サポートをされている方とお話をさせていただきました。すごく印象的だったのが、『今度結婚するんです』という方のお話で。中途失明で全盲の方だったので、『失礼ながら、お相手のお顔を拝見されたことはありますか?』と尋ねたところ、『見たことはありません。でもすごくすてきな人なんです』と。とても幸せそうで、目に見えないものの素晴らしさを感じました。形あるものはいずれ壊れていくかもしれないけれど、形のないものは、いつまでも自分の中で壊れずに大切にしていける。そんな新たな希望を見いだすことができました。また、いろんな方とお話をさせていただく中で、孤独と寄り添うということも強く感じました。ある方が、『誰かが返事や相づちを打ってくれないと、誰もいないのと同じなんです』とおっしゃったんです。自分から何かを得ようとしないと、声を聞こうとしないと、風や匂いを感じようとしないと、世界は『無』に等しくなってしまう。まさに、手探りの人生を続けていかなければならないという孤独と向き合っているのではないかと感じました。検校は、孤独の痛みが分かるからこそ、逆に相手の隙に入り込めてしまうのだと思います。彼にとって瀬川(身請け後は瀬以)は、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』のような、一筋の希望の光だったのではないでしょうか。吉原で初回は、花魁に触れることも口を利くこともできない。ただただ座っているしかない。その中で、瀬川はルールを破って本を読んでくれた。社会になじめない検校には、『共犯者となってくれた』と感じたんだと思います。常に孤独を抱えていた検校の気持ちを100%理解することはできませんが、それでも1%ずつ積み上げるように、彼の心に寄り添う覚悟を持った瀬川にひかれたのだと思います」

「べらぼう」鳥山検校演じた市原隼人「悩み続けることが答え」

「もう一つ、『ダイアログ・イン・ザ・ダーク』という、視覚障害者の方が暗闇の中で誘導してくださるイベントにも参加しました。真っ暗な暗闇の中、5人ほどが手をつなぎ合ったり、話し合ったりしながら風を感じたり、冷たい水に触れたり、低い通路を通ったりと、さまざまな体験をしました。正直、天地も上下左右も分からず、自分がどこにいるのかも分からない。吸い込まれるような孤独な世界に、本当に強い恐怖を感じました。おそらく、人生でこれほどの恐怖を感じたことはなかったと思います。そして、『これを検校はずっと生き抜いてきたのか』と考え、その思いを持って役に向き合おうと決めました。検校を演じる上で、迷い続けることこそが役作りなのだと感じています。答えを出そうとすればするほど、正解が遠のいていくような気がしました。検校は、生まれながらに与えられた人生を生きる中で、周囲との概念のズレや、人と通じ合えない部分を抱え続けていたのではないでしょうか」

――瀬川を演じた小芝さんと共演しての感想を教えてください。

「一緒に芝居ができることが幸せでしたし、すごく尊敬しています。ほんのわずかな声のトーンや動き一つで、見る人をひきつける方です。カメラの向こうの視聴者だけではなく、現場にいるすべての人をも魅了して、空気を一瞬で自分のものにしてしまうような、特別な魅力を持っている女優さんだと思います。最後に、『すごくあなたのお芝居のファンです』とお伝えしました。小芝さんが瀬川を演じてくださったからこそ、瀬川の繊細な人間愛や、蔦重との関係性、そしてこの作品の空気感が生まれたのだと思います。『べらぼう』という作品に対する期待をより一層高めてくれる、かけがえのない存在です」

――小芝さんご自身の魅力を教えてください。

「いつも笑顔で現場に花を咲かせてくれるような方です。重いシーンが多かったのですが、風花ちゃんの笑顔に私もすごく救われました」

――白濁したコンタクトレンズを着けて芝居することは市原さんの提案なんですよね。コンタクトレンズを着けて芝居をした感想を教えてください。

「もやがかかっていて輪郭はなんとなく分かりますが、横から光が入ると反射で全く視界がゼロになる状態で。一人で先に現場に入って、どう動くのかを念入りに確かめていました」

――ほぼ見えない状態で演技したことで、普段と演技とは感覚が変わってくるのでしょうか。

「変わっていると思います。視覚ではなく、周りの音や匂い、そして空気の変化や雰囲気だけを頼りにしていたので、普段とは全く違う演技の仕方になったと思います。まばたきをしないように意識していました。最初はとても迷ったんです。目をつぶって演技をするか、目を開けて演技をするか。目をつぶると、生々しさがなくなってしまうような気がして。でも、目を開けたまま見えない演技をすることが非常に難しくて。完全に見えていない演技をどうすればもっと分かりやすく表現できるのか考え続けました。それでいて、見えていないのに、相手や周りがドキッとしてしまうくらい、すべてを見透かされているような所作にしなければならない。その微妙な間が非常に難しかったです。ですが、迷い続けることが、役作りの一部で、その迷いが表現に出ていれば良いなと思っていました」

「べらぼう」鳥山検校演じた市原隼人「悩み続けることが答え」

――演じている時に一番迷ったことはなんでしょうか。

「瀬以との距離感ですね。検校はすべてを受け入れ、向き合うのではなく、どこかで何かを疑い、信じられない心を持ちながら、それでも瀬以に寄り添いたいという気持ちがあったと思います。その矛盾した気持ちをどう表現するかが一番の課題でした。その距離感、ぎこちなさが出るように心がけていました。最後の最後まで、迷いながら演じることが重要だと考えていたので、視聴者には、迷い続ける姿勢が検校の役に重なって感じてもらえたらいいなと思っていました。何度も何度も自分の中で試行錯誤し、一度構築した後、その概念を壊して、また違う角度から考えてみる。そうやって、いろんな角度から役を作り上げていきました」

――蔦重が現れたことで、瀬以に対する気持ちが少し変化しましたよね。

「瀬以を自分の方に向けられない悔しさは、誰かに向けるのではなく自分に当てるしかなかったと思うんです。自分の人生にもどかしさを常に感じていたと思うんです。瀬以に当たり前のようにできることが、当たり前にできない自分への悔しさなどを常に抱えていたと思います」

――“蔦重への嫉妬”のような単純なものではないということですか。

「男女関係や、ほれた腫れたという話ではないと思っているんです。瀬以という人間愛を持った人物にひかれたというのが一つの形なのかなと。検校は目が見えない分、他のことが優れていて、声のトーンで人の感情も読めてしまうのです。私たちは普段建前として、いろんなうそをついて生きていると思うのですが、検校はそんなうそもすべてを見えてしまうからこそ、いろんな思いを抱えて、生きていくことすら苦痛に感じるような人生だったと思います。ちょっとしたうそをつくことができないのはこんなにも罪なことだと感じました。そんな人生の中で光だった瀬以が、自分の方を向いてくれない状況にも苦しみを感じてしまうという、逃げ場のないスパイラルにはまってしまうのかなと。自分自身に抱いている苦しみなので、蔦重の存在自体はあまり気にはしていなかったのではないかと。何度も同じことを反すうして答えが分からない中で生きているような感覚だと思うんです」

――検校は罪に問われ、瀬以と離縁することになりましたが、そんなシーンをどんなふうに考えて演じていましたか?

「検校は自分の行いをすべて理解していたと思います。人の痛みが分かるからこそ人の隙に入ることができましたが、後ろめたさもあったと思います。だからこそ、瀬以に対して離縁という決断ができたのだと思います。今回、検校の目線はあまり描かれていなかったのですが、それでも人間らしさを感じさせてくれるのが森下佳子さんの台本ですよね。検校の行いによって、瀬以がこれから背負っていかなければならないものがどんどん増していく。そういう描き方がすてきだと感じました」

「べらぼう」鳥山検校演じた市原隼人「悩み続けることが答え」

――離縁を決断した検校の気持ちはどうお考えですか?

「瀬以や瀬以の周りの環境に固執するのではなく、最終的には自分自身と向き合った結果、人道まで崩せなかったから離縁を決めたのだと思います。多くの非道なことをしてきたけれど、最終的に人道主義のような部分が残っていたのではないかと思います。検校にも、目が見えないという境遇の中で立ち位置を与えてくれた方々がいましたし、善意で支えてくれた人々も多くいたと思います。悪と呼ばれる道に進むことを生きていく術として選びましたが、結局最終的には人道まで踏みにじることはできなかったというのが本質だと感じています。瀬以や蔦重に何かを思ったのではなく、自分自身の葛藤の中で出した答えだったのだと思います」

――ありがとうございました。

【プロフィール】
市原隼人(いちはら はやと)

1987年2月6日生まれ。神奈川県出身。主な出演作は、ドラマ「WATER BOYS2」(フジテレビ系/2004年)、「あいくるしい」(TBS系/05年)、「ROOKIES」(TBS系/08年)大河ドラマ「おんな城主 直虎」(NHK総合ほか/17年)、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(NHK総合ほか/22年)、「おいしい給食」シリーズなど。

【番組情報】
大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」
NHK総合
日曜 午後8:00~8:45ほか
NHK BSプレミアム4K
日曜 午後0:15~1:00ほか
NHK BS・NHK BSプレミアム4K
日曜 午後6:00~6:45

取材・文/Kizuka(NHK担当)


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