蔦重の時代を、音で描く―作曲家ジョン・グラムが語る「べらぼう」音楽の舞台裏2025/03/29

NHK総合ほかで現在放送中の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」で、劇中音楽を手がける作曲家のジョン・グラムさん。「麒麟がくる」でも深い感動を届けた彼が、江戸の文化、蔦重という人物の情熱、そして吉原に生きた女性たちの悲哀を音楽でどう表現したのか。浮世絵への造詣、現場での体験、横浜流星らキャスト陣からのインスピレーション――。自身を“オタク”と語るグラムさんが、その情熱と制作の舞台裏を語ってくれた。
横浜が主演を務める「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」は、親なし、金なし、画才なし…ないない尽くしの生まれから、喜多川歌麿や葛飾北斎などを見いだし、“江戸の出版王”として時代の寵児(ちょうじ)になった“蔦重”こと蔦屋重三郎(横浜)の生涯を笑いと涙と謎に満ちた物語として描くもの。脚本は、大河ドラマ「おんな城主 直虎」(2017年)や連続テレビ小説「ごちそうさん」(13年)、ドラマ10「大奥」(23年)など数多くのヒット作を手がけてきた森下佳子氏が担当している。

――「麒麟がくる」に続き、大河ドラマの音楽を担当するのは今回が2作目となります。やはり特別な経験だと感じられましたか?
「はい、本当に光栄な機会です。大河ドラマは非常にスケールの大きなプロジェクトで、作曲家にとっては“音楽の舞台”に立たせてもらっているような感覚です。大編成のオーケストラのために書ける喜びもありますし、物語には深い悲しみや誇りが込められているので、それを音楽で表現するのは大きな挑戦であり、やりがいでもあります」
――そんな中で、再び大河のオファーが来た時のお気持ちはいかがでしたか?
「『麒麟がくる』を終えた時は、これほど素晴らしいプロジェクトはもう二度とないだろうと思っていました。ですから『べらぼう』のオファーをいただいた時は、本当に感動しました。その知らせを受けた時、伝えてくれた方が冗談めかして『悪いニュースがある。この先、1年は寝られなくなるよ』と言ったんです(笑)。でも私は即答で『イエス!』と返しました。レストランにいたのですが、うれしさがこみ上げて思わず立ち上がり、くるくる回ってしまいました。それほど、この機会がまた巡ってきたことがうれしかったんです」

――「べらぼう」は冒頭から心が弾むようなオープニング音楽ですが、「さまざまな文化が花開いた時代を表現した」と聞きました。これは制作チームの要望だったのでしょうか? それとも、最初からジョンさんの中にあった発想だったのでしょうか?
「『べらぼう』は蔦屋重三郎という人物を描く物語ですが、私にとって最初のインスピレーションは“浮世絵”でした。江戸時代という鎖国中にも関わらず、浮世絵はロンドンやパリ、ボストンといった世界中の美術館に所蔵され、多くの人々の心をつかみました。その芸術性と、当時の江戸が持っていたキラキラしたエネルギーこそ、音楽で表現したいと感じた部分です。また、約250年続いた平和な時代に生まれた栄光や繁栄も意識しました。もちろん制作チームとも密に連携しましたが、エンタメとして“ワクワク感”を大事にしたいという彼らの思いにも共鳴し、華やかで躍動感のあるメインテーマが誕生しました」
――浮世絵に強い関心をお持ちなんですね。特にお気に入りの作家はいますか?
「葛飾北斎です。もちろん(東洲斎)写楽や(喜多川)歌麿なども素晴らしいですが、北斎は独自の表現でまったく新しい次元を開いたと思っています。現代に通じるダイナミズムと独創性があり、見るたびに発見があります」
――文化的な理解の深さが印象的ですが、日本文化や江戸時代についてはどのように学ばれたのでしょう?
「私はアメリカで言う“nerd”、つまり“オタク”なんです(笑)。とにかく本が好きで、図書館に通い、あらゆる資料を読み込みます。今回も国会図書館のデジタル資料を翻訳したり、アメリカの図書館にある古書を読んだりして学びました。ちょうど大英博物館の浮世絵展もカリフォルニアで開催されていて、それも参考になりました」

――今回の登場人物や世界観のなかで、特に創作意欲をかき立てられたのはどのような存在でしたか?
「まずは蔦重ですね。お金も地位もないところから、信念と行動力で道を切り開いた人物です。もう一人は吉原の女性たち。私は3人の娘と妻がいるので、彼女たちがどんな気持ちで生きていたか、どう苦しんでいたのかを想像すると、胸が締めつけられる思いがありました。彼女たちの声なき声に耳を澄ませるようにして、音楽を紡いでいきました」
――蔦重を演じる横浜流星さんの演技についてはどのような印象を受けましたか?
「彼は本当にスーパースターですね。まず外見的な魅力はもちろんですが、何より演技に知性と深みがある。私自身、知性を感じさせる人物に強くひかれるところがあって、横浜さんの演技にはその輝きがありました。役に対して真摯(しんし)に向き合い、複雑な感情を丁寧に表現している。そんな彼が演じる蔦重のキャラクターを見ながら、音楽にも複雑な旋律やリズムを加えたいと思うようになりました。確実に彼の演技が音楽に影響を与えています」

――吉原の描写については、視聴者からも大きな反響がありますが、ジョンさんはどのように受け止めましたか?
「このドラマにおける吉原の描き方は、私にとって最も敬意を表したい部分です。これまでの作品では華やかさや幻想的な面に焦点を当てた描写も多かったと思いますが、今回はまるで“監獄”のような現実を真正面から描いています。これはNHKさんにとっても、かなり勇気のいるアプローチだったのではないでしょうか。女性たちが置かれていた過酷な状況に、しっかりと光を当てている。そこに深く共感し、音楽でもその苦しみや静かな誇りを表現したいと思いました」
――花魁道中の音楽もとても印象的でした。制作のこだわりを教えてください。
「このシーンの音楽『花魁道中』は、美しくも切ない場面にふさわしいものを意識して作りました。チェロを中心に据えたのは、あの楽器の曲線と響きに女性的な優雅さを感じるからです。長い旋律をあえてゆったりと歌わせるようにしながら、キラキラとした音を重ねて幻想的な美しさを表現しました。視覚と音が調和して、一つの芸術になることを願って作った一曲です」
――メインテーマに使われている特徴的な楽器についても教えてください。
「『ツィンバロン』というハンガリーの楽器を使っています。見た目はピアノに似ていて、弦をハンマーでたたいて演奏します。音がとても華やかで、江戸のきらびやかな雰囲気を表現するのにぴったりでした。ほかにも、きらびやかな効果を出すためにさまざまな楽器をちりばめています」

――そのメインテーマは、どれくらいの時間をかけて作られたのですか?
「いちばん時間をかけた曲です。最初に作ったものは、最後がわりと静かで穏やかな終わり方でしたが、制作チームから『もっと力強く華やかに締めてほしい』という提案がありました。それは素晴らしいアドバイスで、蔦重や江戸に生きる人々のエネルギーを象徴するようなラストに仕上がりました」
――音楽が使われたシーンの中で、ご自身でも特に印象深いものはありますか?
「『山師』という曲があります。英語タイトルは“Gambler”。このタイトルは蔦重の生き方そのものです。彼は常にリスクを背負い、時に賭けにも出ながら信じるものを追い続けた。音楽的には三味線を盤上楽器のように使い、彼の直感と瞬発力、そしてその場にある緊張感を表現しました。エネルギーが詰まった一曲で、ぴったりの場面に使っていただけたことがうれしかったです」

――作品全体で、どれくらいの曲数を制作されているのでしょうか?
「100〜120曲ほど書く予定です。全体でおよそ7時間分の音楽になると思います」
――「麒麟がくる」との違い、あるいはそこから得た経験についても教えてください。
「『麒麟がくる』は戦国時代の物語で、より緊迫感や重厚さが求められました。一方、『べらぼう』は蔦重というプロデューサーの物語。文化を育て、人々をつなげる存在です。私は自身も音楽プロデューサーとして多くのアーティストやオーケストラを束ねていますが、そうした立場だからこそ彼の役割に強く共感しました。“表現者を支える表現者”としての蔦重を音楽でどう表現するか、それが今回の大きなテーマの一つでした」
――大河ドラマの音楽と映画音楽では、制作のアプローチに違いはありますか?
「ありますね。私はこれまで多くの映画やテレビ作品に関わってきましたが、大河ドラマの魅力はまず“歴史”が根底にあること。私は歴史が大好きなので、それだけで心が動きます。さらに素晴らしいのは、制作チームの情熱。監督、プロデューサー、脚本家、美術スタッフまで、皆が本当に高い熱量で一丸となって取り組んでいる。日曜日でも連絡を取り合い、曲を送るとすぐに感想が返ってくる。それだけ真剣に向き合っているからこそ、大河ドラマは唯一無二の作品になるのだと感じています」

――実際に日本でドラマの撮影現場や「べらぼう 江戸たいとう 大河ドラマ館」での展示などもご覧になったそうですね。
「そうなんです。大河ドラマ館で展示された衣装や美術セットを見たり、かつての吉原を訪れて“見返り柳”のある場所を歩いたりしました。渋谷の展示でも、来場者の皆さんがどのように楽しんでいるかを見ることができて良い体験になりました。さらに、NHKのスタジオではなんとエキストラとして出演させてもらったんです。監督が衣装とカツラを用意してくれて、町人の一人として出演しました。メークまでしてもらって(笑)、江戸の雰囲気を身をもって感じることができました」
――NHK交響楽団の皆さんによる演奏についてはどう感じられていますか?
「NHK交響楽団は、日本の宝です。音の一体感と存在感は本当に素晴らしい。ソリストの宮田大さんは、技術はもちろん人柄も素晴らしく、音楽に対してとても献身的。林正樹さんは、とても難しい楽曲を感情豊かに軽々と弾きこなしてしまう圧巻のピアニストです。この2人と共に音楽を作れたことは、本当に幸せでした」
音楽という形で江戸の空気と登場人物の思いを丁寧に描いたジョン・グラムさん。その旋律は、場面ごとの空気に寄り添いながら、物語に確かな奥行きを与えている。
【プロフィール】
ジョン・グラム
アメリカ・バージニア州出身。文学、歴史、芸術、そして日本文化をこよなく愛する作曲家。イギリスで歌とオーケストラ作曲を学び、アメリカのウィリアムズ大学、スタンフォード大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校で音楽を専攻。数多くのハリウッド作品のオーケストレーションを手がけた経験を生かし、革新的なハリウッド音楽制作手法を用いて、哲学的かつダイナミックな音楽描写を得意とする。代表作は大河ドラマ「麒麟がくる」(2020年)、「キングスグレイブ ファイナルファンタジーXV」など。
【番組情報】
大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」
NHK総合
日曜 午後8:00~8:45ほか
NHK BSプレミアム4K
日曜 午後0:15~1:00ほか
NHK BS・NHK BSプレミアム4K
日曜 午後6:00~6:45
取材・文/斉藤和美
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