ベーシックな人間ドラマを――野木亜紀子×土井裕泰「スロウトレイン」SP対談2025/01/01
松たか子さんが主演を務め、野木亜紀子さんがオリジナルの脚本を、土井裕泰さんが演出を手掛ける新春スペシャルドラマ「スロウトレイン」(TBS系)が1月2日に放送。多部未華子さん、松坂桃李さん、星野源さん、チュ・ジョンヒョクさん、リリー・フランキーさん、井浦新さんなどの実力派俳優陣も勢ぞろいし、さらに野木さんと土井さんがタッグを組んだ初のオリジナルドラマということで、注目を集めています。
TVガイドWebでは1月2日の放送を前に、「空飛ぶ広報室」(原作:有川ひろ)、「重版出来!」(原作:松田奈緒子)(全てTBS系)など、数々の人気作品を世に送り出してきた野木さんと土井さんに、本作に込めた思いなどについて語っていただきました。
――野木さん×土井さんのタッグで初のオリジナル作品がホームドラマということですが。
土井 「24年の4月に60歳を迎え、ディレクターとして一つの区切りになるような作品を作りたいと思い、野木さんとはオリジナル作品をやったことがなかったので、この機会に実現させたいなと。野木さんはやるとなると徹底的に取材や下調べをする方なので、お忙しいところに負担のかかるものではなく、私の大好きな『コタキ兄弟と四苦八苦』(テレ東系)のようなテイストで、家族や兄弟姉妹を主体としたホームドラマで、今を生きる人たちのリアルな実態が浮かび上がってくるようなものにしたいと思いました」
野木 「早い段階から魅力的な役者さんたちが集まってくださっていたので、それぞれの方にやってほしいキャラクターを、あて書きで作っていきました」
――最初に決定したキャストが松さんだと伺いました。
土井 「まず松さんと一緒に仕事をしたいという思いがありました。松さんを長女にして、3人のきょうだいがそれぞれ仕事や恋愛といった人生の岐路に立っている、そんなイメージで話を考えていきました」
野木 「ホームドラマというと夫や子供がいる主人公が多いですが、松さんが演じる独身女性が主人公でも面白いかなと。親子でないホームドラマを作るにあたり重要なポジションになってくる“明るくてちゃらんぽらんな性格に見えるけれど実はある思いを抱えている妹”も、多部さんならしっくりと演じてくださるかなという思いで書きました」
土井 「松さん演じる葉子はフリーの編集者ということで、仕事の内容や向き合い方について何人かの女性編集者の方々へ取材をさせていただき、イメージを固めてゆきました」
野木 「江ノ島電鉄の資料をとにかく集めて読んでいたところ、元駅長さんの本のなかで『いかに軌道が大切か』という話が書いてあり『なるほど』と思って、松坂さん演じる潮を江ノ電の保線員という設定に決めました。実際に保線員の方々に取材をしたところ作品全体のクライマックスにもつながりました」
土井 「現場では皆さんどこかで『分かる、そうだよね』と思いながら役を演じてくださっていたと感じています。特に松坂さんは実際に姉妹がいらっしゃるので『とてもよく分かる。ここにいるのがむしろ自然で居心地が良かった』と言ってましたね」
――土井さんが野木さんにオリジナルの脚本をお願いした一番の理由を教えてください。
土井 「野木さんと一緒に作った『空飛ぶ広報室』は、原作にないオリジナルのエピソードが多く、野木さんは過酷なスケジュールの中、きちんと自分の足で現地に行って取材をして書いてくださった。そういうところが素晴らしいんです。『重版出来!』の最終回もほぼオリジナルの話だったのですが、ほぼ完成しかけていたものを『いや、止める』と言って全て捨て、一晩で書き直しました。原作を脚色することでそもそもの原作のテーマをより深めているのがすごいし、オリジナルを生み出す力があるのだなと、この二つの作品で感じました。私がディレクターになった90年代の連続ドラマは、ほぼオリジナルでした。岡田惠和さんや野島伸司さん、野沢尚さん、北川悦史子さん、大石静さん、そういう方たちと一緒にドラマを作らせていただいてきたので、野木さんにもその力があると確信していました」
野木 「『アンナチュラル』(TBS系)がそこそこヒットしたことで、以前よりはオリジナルドラマが増えたのかなと個人的には思っています。原作ありのドラマと共に、オリジナル作品を作る流れも必要ですよね。オリジナルを作らないとプロデューサーも作る力を失ってしまうと思うので、もっとオリジナルが増えてもいいんじゃないですかね。ゼロから作り上げていくということをやらないと得られない力もあると思います」
――本作の舞台が、神奈川・鎌倉と韓国になったきっかけを教えてください。
野木 「土井さんが、過去に日韓ドラマを作ったこともあり、企画当初から日韓を舞台にしたいと言っていました。なので、妹を韓国へ行くキャラクターにしたとして、長女たちが住んでいる実家はどこがいいのかと土井さんに聞いたら『鎌倉がいい』とのことで」
土井 「この企画を立ち上げた頃、『小津安二郎生誕120年・没後60年』の企画展の広告を見かけたのが鎌倉を舞台にしようと思ったきっかけです。小津監督のゆかりの地である鎌倉を舞台にして家族像や結婚観をテーマに作っていくことは、ここ何十年の間に変化していったわれわれの意識や気持ちのありさまを描く上で意味があると感じました。まだ日本で『冬のソナタ』が放送される前の2002年、サッカーW杯日韓共催をきっかけにドラマ『friends』(TBS系)を作りました。『政治や過去の歴史のことでわだかまりがあるけれど、若い人たちはそれを乗り越えて分かりあえるのでは』というのを最終的なテーマにした作品です。そして、気が付いたら令和の若い人たちは韓国カルチャーやエンタテインメントに憧れて追いかけています。この20年の間に起きた意識の変化や、つながりを描きたいという思いがありました」
――新春スペシャルドラマということで、特にお正月を意識されたところを教えてください。
野木 「お正月を想定したとき最初に思い浮かんだのが、松さん演じる主人公が大みそかに1人でそばをすすっているシーンでした。なのでそこに向けて作ったところは少しあります。世の中には1人で年を越す人もたくさんいると思うから『そういうのもあるよね』というのも含めて、そうした人たちと電波を介して通じ合えたらいいなと」
土井 「TBSのお正月ドラマといえば『向田邦子 新春ドラマスペシャル』です。向田さんが亡くなった後も、向田さんの小説やエッセーをベースにした作品が毎年新年に放送されていて、私も毎年楽しみに見ていたんです。なので、『スロウトレイン』も家族で気楽に鑑賞できるけれど、見た後にしみじみと自分や家族のことを考えて自然に会話が生まれるような、そんな作品になればいいなと思って作っていました」
野木 「向田さんのドラマと比べるなんて、恐ろしいことを言いますね(笑)」
――本作について「こういう人たちに見てほしい」という考えなどはございましたか。
土井 「爆発事件も起きない、ラスボスも出ないしタイムリープもしません(笑)。久々にオリジナルで作るのであれば、今の連続ドラマで求められているものとは少し違うものをやってみたいなと。ベーシックに立ち返ることが逆に新しく見えるのでは、という期待はありました」
野木 「私も同じ意見です。地味な企画は通りにくいのですが、お正月特番で土井さんの卒業作品、そして松さんが主演であれば『企画が通る!』ということで(笑)。そういう隙に作っていかないと、こういうドラマは無くなってしまいます。刺激的ではないベーシックな人間ドラマを見たい人もたくさんいると思うので」
土井 「若い人にも『面白かった』と言ってもらえたのなら、こういうドラマがあってもいいよねとなりますし。リリーさんは『この3きょうだいがどうなっているのかを見たいから、毎年お正月に渋谷家のお話をやればいいのに』と言ってくださいました。見てくださった方々から渋谷家の3人にまた会いたいという声があったら、毎年は無理だとしてもどこかで続編をやってみたいです」
野木 「百目鬼見(星野)と二階堂克己(リリー)の仲はその後どうなったのか、とかもですね」
――最後に、お互いにすてきだったなと感じたことを教えてください。
土井 「ドラマや映画を作る過程では、制作者は今まで生きてきた全てのことをさらけ出して闘いながら答えを見つけていかなければならない時があるんです。そんな時に、野木さんのように厳しい仕事を一緒にやってきた信頼関係があることは、とても安心できるんです」
野木 「土井さんとはありがたい出会いでした。これまでたくさんの学びをいただきましたし、『空飛ぶ広報室』から始まり、『アンナチュラル』が生まれるきっかけでもあったので、今回このような形で一緒に作ることができてよかったなと思っています」
【番組情報】
新春スペシャルドラマ「スロウトレイン」
TBS系
1月2日(木)午後9:00〜11:15
※放送終了後にTVer、TBS FREEにて2週間見逃し配信、U-NEXTにて見放題配信
取材・文/S・Y(TBS・MBS担当)
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