加藤和樹が再演「裸足で散歩」で真摯に向き合うコメディー作品の魅力とは2024/09/27
2022年に上演したブロードウェー発のハートフルコメディー「裸足で散歩」が、9月27日の大阪公演を皮切りに、再び幕を開ける。再演では、主演の加藤和樹さんをはじめ、初演から続投の座組に新キャストとして福本伸一さんが加わった。1960年代冬のニューヨークを舞台に、丁々発止の会話劇が全国17都市を駆け巡る。
初演に続いて加藤さんが演じるのは、生真面目な夫・ポール。コメディー作品だからこそ「お客さんに温かい気持ちになってほしい」と語る加藤さん。再演ならではの楽しさや、コメディー作品の難しさ、本作の魅力について話を聞いた。まもなく40歳の節目を迎える加藤さんが、役者として舞台に立つ上で大切にしてきたこととは?
――ポールを演じるのは、2年ぶり。再演が決まった時のお気持ちは?
「素直にうれしかったですね。少人数で作り上げる楽しい作品でもありましたし、『このメンバーでまた何かやれたらいいな』とずっと思っていたので。僕自身、コメディー作品に出演するのはこの作品が初めてなので、ポールとしてまた舞台に立てるのが楽しみです」
――コメディー作品はお好きですか?
「コメディーって、素が面白い人たちがやるイメージがあるんですけれど、自分が面白いかどうかは分からなくて…。でも、面白いことは好きなんです(笑)。僕は、作中で命を落とす役を演じることも多いんですけれど、この作品はハッピーな作品で毎日楽しく過ごせているので、コメディーっていいなって思います」
――コメディーの難しさや課題点は、どのような部分で感じられていますか?
「やっぱり戯曲の中にある“面白さ”を演劇としてちゃんと見せなければいけないという部分が難しいです。物語の人物は、誰かを笑わせようと思って生きていないので。役の感情になって真摯(しんし)に演じた結果、自然と湧き起こる笑いが“コメディー”だと僕は思うんです。だから役者が、演じながら笑いを取りにいったら駄目なんですよね。生のお芝居から生まれる笑いを作り出せたら、それが正解なんだと思います」
――狙いに行ってしまうと、逆に冷めてしまう部分もあるのでしょうか。
「そうですね。もちろん、『絶対にここで笑ってもらいたい!』というシーンも戯曲の中にあるんですよ。でも、笑わせたいから面白いことをするのではなく、例えばお酒に酔っているシーンだったら、それを真剣に演じた結果、お客さんから笑いが起きるのが理想だと思うんです。まあ、そうは言ってもほしがってしまう時があるんですが(笑)」
――やっぱり、ご自身の演技で笑いが起きると気持ちがいいですか?
「すごく気持ちいいもんですね。これはちょっと癖になっちゃうのも分かります。でも別な土地に行って、違う回で同じような笑いがもらえないと、テンポ感がズレて後々それを引きずってしまうんですよ。」
――そんな加藤さんが演じるポールは、生真面目なゆえに“面白い”人物です。
「ポールは、ちょっとズレているんですよね。真面目だからこその面白さがあって、ジョークを言ってもかなり滑る(笑)。そのズレを、『ポールって何だかかわいいな』と思っていただけるとうれしいですし、その結果笑っていただけたら大成功です」
――ポールは個性的な人物に振り回される役どころですが、再演ではどのような点を意識して稽古されていますか?
「初演では、会話のスピードやテンポをすごく重視していたんです。売り言葉に買い言葉じゃないですが、ポールは奥さんのコリー(高田夏帆)や、その母親・バンクス夫人(戸田恵子)、ヴェラスコさん(松尾貴史)に対するリアクションが、一番多いんです。今回は、テンポ芝居の中にもちゃんと感情の動きがあるっていうことを、より丁寧に作るように意識しています」
――夫婦の掛け合いは、本作の大きな魅力の一つですね。
「今回は、初演以上にコリーの話にしっかり耳を傾けるように意識しています。『コリーの言葉に対して、ポールはどういう感情になるんだろう?』『ここではこういうリアクションが取れるな』といったことを常に考えていますね。実際に今日の稽古でも、感情を最優先するパターンをやってみました。その感情をベースにテンポアップすれば、よりお客さんに届くものになるっていうことを確信しながら、楽しく稽古しています」
――ラブラブな新婚ながらも、性格は正反対の2人。衝突することも少なくありません。
「演出の元吉(庸泰)さんが言ってくれたことなんですけれど、お互いの話に耳を傾けていても、それでもズレてしまう面白さがあるんですよ。はたから見ていて“全然お似合いじゃない”って言ったらアレですけど、正反対の2人だからこそ一緒にいられる部分もあるし、衝突もする。見てくださる皆さんにも『分かる、分かる』と共感しながら見ていただける部分がたくさんあると思います」
自分を解放することが大事だと強く感じた
――2年ぶりに演じられて、改めて印象的だったシーンはありますか?
「劇中でコリーがお母さんに対して『何でもトライする』と言うシーンですね。僕自身の座右の銘が『やればできる』なんですけれど、諦めないことの大切さをメッセージとして強く受け取っています。天真らんまんなコリーの、一見無責任な言葉が、ちゃんと的を射ているんですよね」
――「田舎から出てきた、高齢の自分なんて」と卑下するバンクス夫人に対して、コリーが鼓舞する場面ですね。
「人生経験が豊富になると、『これは自分には向いてない』と選択肢を狭めてしまうことがあるじゃないですか。その判断能力はもちろん大切だけど、『やってみたら、面白いこともあるかも』っていう可能性を、見てくださる皆さんに感じてほしいなって、今回は特に思うんです。ポールに関して言うと、頭でっかちで堅物な人がはっちゃけたり、ジョークを言って自分を解放することも、時にはすごく大事だと強く感じました」
――日常を生きるうえで大切なメッセージが、たくさん詰まっているんですね。
「この作品は、それを強く感じますね。こういう日常の延長線上にある作品だと、見てくださる皆さんに『自分にも当てはまる部分があるかも』と共感してもらいやすいと思うので。お芝居ではあるけれど、皆さんの日常に何かを届けられたらうれしいです」
――ここから先は加藤さんご自身についてお聞きしていきます。和物から洋物、コメディーから悲劇まで、幅広い役を演じられていますが、作品や役を決める際に基準にしていることはありますか?
「基準は特になく、一度台本を読ませていただいて、作品にどういう魅力があるのか、自分の役がどんな役割を持っていて、どういう人物なのかという興味に従っています。やはり、自分自身と遠ければ遠い役ほど、演じていて面白いですね」
――役作りでは、どんなことを心掛けていますか?
「以前、白井晃さんに教えていただいた『自分が役に近づくのではなく、役を自分に近づける』という意識を、いつも大事にしています。演じる時は、自分というフィルターを通しているので、自分が役に近づいてしまうと、どんどんかけ離れたものになってしまうんですよね。なので、まず自分というフィルターを軸にして、それから役と向き合うようにしています」
小池修一郎先生の言葉が背中を押した、オンリーワンを目指す道
――加藤さんは10月に40歳の誕生日を迎えられます。役者としての、これまでのキャリアの中で、ご自身の支えとなった言葉や出来事についてお聞かせください。
「僕は元々、『自分はできない』という気持ちを抱えていて、自信を持てないタイプだったんです。昔、小池修一郎先生の作品に出演した時に『君はもっと自信を持ちなさい』と言っていただいたことがあって…。そこから少しずつ、自信が持てるようになったんですよ」
――舞台のお姿からは想像できない、とても意外なエピソードです。
「『自分はこれなら負けない』っていうものがないんですよ。歌もお芝居も、僕より上手な人はいくらでもいるので。でも、やっぱり自分にしか歌えない歌、できないお芝居は絶対あると思うので、それを常に目指すように心がけています」
――オンリーワンのスキルを磨き続けることは、大変なことだと思うのですが、ご自身のモチベーションを高く持ち続けることができた秘訣(ひけつ)は?
「それはやっぱり、周りの役者さんたちですね。舞台を見に行った時に『やっぱり、この人はすごい』『さすがだな』と思える人たちの存在が励みになりました。その存在が、“自分ももっと…”と突き動かされる原動力になっているのだと思います。これは他の職業にも共通することですが、誰一人替えは効かないんですよ。ミュージカルだとダブルキャスト、トリプルキャストはあるけれど、それぞれの魅力や面白さがあるので、その瞬間瞬間が楽しいですね」
――観劇する側にとっても、舞台を楽しむ上で欠かせない要素です。
「ただ、役者の仕事が特殊なのは、その成果が見えにくいことなんですよね。正解もないし、『これができたらすごい』っていう基準も実はあんまりないので。できないことが逆に武器だったりする時もあるし…。その中で、僕はできないところから始まって、いろんなことができるようになってきて、選択肢がいろいろ広がりました。その引き出しみたいなものをもっと増やしていきたいなとは思いますし、だからこそいろんな人のお芝居を見たいんです」
――舞台人として、これからの目標や、チャレンジしてみたい役はありますか?
「年齢を重ねると、その時にしかできない役や、その年齢になったからやれる役がありますよね。これから役の幅がもっと広がったらいいなとは思います」
――ありがとうございます。では最後に、ポール役にちなんだ質問です。加藤さんご自身がポールのように『頑固すぎる/真面目すぎるのでは?』と思ってしまうようなこだわりはありますか?
「僕もどちらかというと真面目と言われるほうなので、ポールには親近感が湧きます。普段あまりこだわりを持たない人間なんですけれど…時間には結構こだわりが強くて。昔大遅刻をしてしまったことがあって、それ以来10分、15分前行動を心掛けています。プライベートの約束でも、連絡なしに遅刻してくる人はちょっと苦手ですね。人それぞれのペースがあるとは思いますが、時間を厳守するっていうこだわりだけは人一倍強いかもしれないです」
【プロフィール】
加藤和樹(かとう かずき)
1984年10月7日生まれ。愛知県出身。近年は、日本テレビ開局70年記念舞台「西遊記」、ブロードウェイミュージカル「カム フロム アウェイ」、ドラマ「青春ミュージカルコメディ oddboys」(テレ東系)などに出演。2025年1月からはミュージカル「ラブ・ネバー・ダイ」が控えている。
【作品情報】
舞台「裸足で散歩」
●スタッフ
作:ニール・サイモン
翻訳:福田響志
演出:元吉庸泰
●キャスト
ポール・ブラッター:加藤和樹
コリー・ブラッター:高田夏帆
電話会社の男:福本伸一
ヴィクター・ヴェラスコ:松尾貴史
バンクス夫人:戸田恵子
●スケジュール
2024年9月27日(金)~9月29日(日)
大阪・サンケイホールブリーゼ
2024年11月8日(金)~11月19日(火)
東京・銀座 博品館劇場 ほか
※茨城、神奈川、静岡、北海道、宮崎、大分、宮城、愛知、香川公演あり
取材/実川瑞穂 文/本多恵 撮影/尾崎篤志 ヘアメイク/村田樹
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