「ぼくのお日さま」奥山大史監督が語る、日本映画のこれからとは?2024/09/12
第77回カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門に日本人監督として史上最年少ノミネートされるなど、国内外から注目を集める9月13日公開の映画「ぼくのお日さま」。その北海道凱旋(がいせん)上映会と映像セミナーが8月28日と29日、北海道・札幌で開催され、奥山大史監督が登壇した。3部構成で行われたセミナーの模様を、一部抜粋してリポートする。聞き手は、本作のロケーションコーディネーターを務めたUHBメディア局映像プロデュース室部長の後藤一也氏と、札幌フィルムコミッションの担当職員。
ハンバート ハンバートの曲と池松壮亮さんとの出合いが推進力に
──「ぼくのお日さま」の制作経緯は?
「子どもの頃に習っていたフィギュアスケートの体験をもとに、映画を作りたいなと思いました。でも、思い出を映像にするだけでは、なかなか映画にならない。どうすれば普遍的なテーマになるのか悩んでいた時に、ハンバート ハンバートさん(佐藤良成と佐野遊穂によるデュオ)の曲『ぼくのお日さま』を聞き、悩んでいたプロットがぐっと進みました。でも、まだ何か足りないと思っていた頃、ドキュメンタリー映像の仕事で池松壮亮さんを撮影し、彼の魅力にダイレクトに触れ、『この人に映画に出てほしい』と強く思いました。そこで、少女のコーチ役として新たに役を作り、物語を膨らませていきました」
──前作「僕はイエス様が嫌い」(2019年)に続き、「ぼくのお日さま」も雪降る町の設定です。監督は東京出身ですが、なぜ雪の町を撮影地に選ぶのでしょうか?
「前回は大学の卒業制作で取り組んだ自主映画で、群馬の撮影予定地に雪が降ってしまい、スケジュールの都合で無理やり撮影したという、実は、偶然の出来事でした。でも、結果的にすごく良かった。雪は“余白”が作りやすい。雪が降ると情報量がぐっと減るので、何を撮りたいかがはっきりしてくるんです。北海道でロケした『ぼくのお日さま』では、前作でできなかった、雪が降ってない同じ景色を撮ることにチャレンジしました。同じ景色の雪の有無を通して、“時間の経過”を描けたら、と。物語終盤では、雪が溶けていき、“ひと冬が経過した”ことも映像で表現しています。テロップやナレーションを使わなくても時間が描けるという点で、雪はとても映画的だと思います」
凍った池探しと、撮影の舞台裏
──シナハン(シナリオ・ハンティング=台本を書くための取材)の手応えと、撮影地に北海道の小樽や赤井川、余市などを選んだ経緯を教えてください。
「シナハンで場所が決まると、ストーリーがおのずと湧いてくるんです。たとえば、小樽から車で30分ほど走らせた隣町に行くと、山など景色が全然違う。それが面白いと思って、主人公・タクヤの住む町と、池松さん演じるコーチ・荒川や教え子の少女が住む町、二つの架空の町を、各地で撮った“ピース”を当てはめて作ることにしました。コーチや少女の町はタクヤの町からひと山越えた場所にあり、少し都会的な分、どこか冷たさもあるような描き方をしています」
──特に、凍った池を探すロケハンが大変でしたね。
「『凍った湖の上でスケートを滑る』場面は、プロットの段階から思い描いていました。屋外リンクではなく、あくまで自然の中にある、先生にとって秘密の場所みたいイメージ。とはいえ、本当にこんな場所あるのかな、撮影は難しいだろうな…と考えていたのですが、書き進めていくうち、かなり大事なシーンになってきて、『これは何としても撮りたい!』と思いました」
「そこで、北海道の各地をとにかく何カ所も見て回る中、あの場所にたどり着きました。苫小牧の私有地にあるのですが、サイズ感がちょうど良く、国道から近いことも撮影に適していました。ただ、問題は、凍った湖の上にも雪が積もるので、除雪が必要なこと。そこで、10年前、苫小牧の撮影でお世話になった地元の建設会社に相談に行ったところ、『やれることをやるよ』と、雪をどかしてくれました。除雪だけでは湖面はザラザラしていて滑れる状態ではないので、そこに水を撒き、ちゃんとリンクも作ってもらったんです。完成シーンを見ると、自然に湖面が出ているように見えると思います」
「このシーンは周囲が360度映るので、カメラを持った僕もスケート靴をはき、自由に回しながら、まるでドキュメンタリーのように撮り続けました。撮影時のほとんどは、スタッフはみんな遠く離れたところに隠れてもらい、出演者3人と僕しかいない状況。自然の中で本当に遊んでいるという雰囲気で、とても楽しい撮影でした。たった3分間のシーンに3日間カメラを回し、いいところを切り貼りしたんです」
「ぐるりのこと」が教えてくれたこと
──そもそも、映画に興味を持ったきっかけは?
「高校生の頃、部活をやめて暇だった時、通学路にTSUTAYAやゲオがあって。最初は新作を借りていたんですけど、だんだん旧作をまとめてレンタルするようになって…『ぐるりのこと』という映画に出合いました。予告で知って借りてみたら、すごく感動して。DVDを返す時、もう一度借りた場所に行ったら、橋口亮輔監督コーナーには5本くらいしかなかった。それで全部見てみたら、どれもすごいいい。『監督で、映画ってこんなに変わるんだ!』と驚きました。『映画作りっていいな、自由なんだろうな』と思わせてくれた、原体験ですね。そこから岩井俊二監督なども見るようになり、どんどんハマっていきました」
──「ぐるりのこと」はどこに感動したのでしょう。高校生だったのですよね。
「…どこだったんでしょう。当時は言葉にできなかったですが、今言えるのは、圧倒的なリアリティーを感じた。映画のあらすじは、少なくとも高校生だった当時の自分にとって遠い内容なんですけれど、そこに流れている感情が、自分にとってリアルに思えた。それまで見てきた映画、気軽に触れてきた作品たちは、幸せな気持ちにさせてくれたものばかりでした。と同時に、どこか他人事に感じてしまう瞬間もあって。でも、『ぐるりのこと』は、もしかしたら、いつかやってくるかもしれない痛みに、とても寄り添ってくれている気がした。『こういうことがあっても大丈夫。あなたは生きられる』って言ってくれている気がして、勇気づけられました」
誰にでもチャンスがある時代に、さらになってくる
──24年のカンヌ国際映画祭に行かれて、感じたことがあるそうですね。
「今回のカンヌには、僕の作品『ぼくのお日さま』と、監督週間部門に山中瑶子監督の『ナミビアの砂漠』が出品されました。山中監督も僕も20代、同世代で、『新しい世代が来てる!』みたいな形で取り上げてもらったのですが…僕の肌感覚では、『来てる!』というより、『新しい世代が来てる! ように見せたい映画祭』という印象です。要は、是枝裕和、河瀬直美、黒沢清、北野武の“4K”と呼ばれた日本の監督たちから、次の世代、次の世代と探して出てきた、濱口竜介監督と深田晃司監督。では、そろそろ次を…と、映画祭の人たちも、どこか思っている。そういう意味で、僕たち若い世代は有利だともいえます。自戒を込めて言いますけど、頑張って海外映画祭に応募しましょう。最初は記念応募でもいい。多様性が求められる時代、作品、監督、男女、宗教など、映画祭は、とにかく幅広く、なるべく公平に選ぼうとしている。そういう意味では、誰にでもチャンスがある時代に、さらになってくるんじゃないかと思います」
──海外の心に届く作品づくりについてアドバイスをお願いします。
「僕も賞を獲得したわけではないですし、そもそも映画祭の受賞は、時世や運の要素もある。数多く海外映画祭に行ってないからこそ、フラットに思うのは、『作りたいものを作る』しかないんだろうな、と。作りたいものを本気で真っすぐ作れば、今の社会問題や社会的背景を取り入れなくても、ストーリーの斬新さや目新しさがなくても、すごく小さな物語でも、心を動かすことができれば、選ぶ人はちゃんと選んでくれるはずです」
【公開情報】
映画「ぼくのお日さま」
9月13日全国公開
北国の田舎町に住む、アイスホッケーが苦手な少年。選手の夢を諦め、スケートを教える男。コーチのことが少し気になる少女。小さなスケートリンクを舞台に、三つの心が一つになって、ほどけてゆく──。雪が降り始めてからとけるまでの、淡くて切ない、小さな恋たちの物語。
監督・撮影・脚本・編集/奥山大史
出演/越山敬達、中西希亜良、若葉竜也、山田真歩、潤浩、池松壮亮
文・撮影/亜璃西社 新目七恵
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