初めて戯曲を読んだ時、感激のあまり本を胸に抱えた――大東駿介、主演舞台「What If If Only ― もしも もしせめて」に懸ける思い2024/09/09
Bunkamuraが海外の才能と出合い、新たな視点で挑む演劇シリーズとして、2016年秋からスタートした「DISCOVER WORLD THEATRE」。シリーズ第14弾となる今回は、現代イギリス演劇を代表する劇作家の1人、キャリル・チャーチルの2作品が世田谷パブリックシアターで上演される。そのうちの1作、2021年に上演されたチャーチルの最新作で日本初演となる「What If If Only―もしも もしせめて」で主人公・某氏を演じるのは大東駿介さん。本作に懸ける思いや、徹底した役作りについてお聞きしました。
──「What If If Only―もしも もしせめて」で、大東さんは愛する人を亡くした主人公・某氏を演じられます。某氏が「もしせめてあの時、ああしていたら」「あの時、ああしていなかったら」と1人で喪失感に打ちひしがれていると、目の前に未来(浅野和之)が現れて、物語が大きく展開していきますね。
「初めて戯曲を読んだ時、『こんな作品に出合えることがあるんやな』と感激のあまり本を胸に抱えたんですよ。今を生きる人たちの不安や悲しみ、痛みを映し出し、それでも前へ進んで行こうとする姿が、この短い戯曲に凝縮されています。それが見事に自分とも重なりましたし、今このタイミングで僕の手元にこの本が来たことを、すごく幸せに感じました」
──約2週間前から稽古が始まったそうですが(※取材時)、戯曲をお読みになった第一印象から変化や新しい気づきはありましたか?
「たくさんあります。台本を頂いてから稽古が始まるまでに、半年ほど期間がありまして。その間に作品への思い入れが深くなり過ぎたので、稽古を始める時はその気持ちを1回置いて臨もう、と。僕が戯曲を読んで抱いた感覚を、より分かりやすく皆さんに届けるにはどうしたらいいか? そこを模索する作業から始まりましたね」
──具体的にどのようなことをされたのでしょう?
「まず、この戯曲は抽象的な表現が多くて。例えば、僕が演じさせてもらう主人公は名前がないんですよ」
──某氏という、まさに抽象的な名称ですね。
「稽古を進める前に、演出家のジョナサン・マンビィさんから『某氏は誰と暮らしていたのか?』『その相手の名前は何か?』を考えるだけでなく、『彼がどういう人生を歩んできたのかを想像して年表を作ってみよう』と提案をしてくださいました。どんな場所で暮らしていて、何歳ぐらいに彼女と結婚して、いつ頃彼女と別れて…という全部のプロセスをみんなで考えるという、丁寧な稽古をつけてくださったんです。なおかつ、某氏が思いを馳せる彼女は劇中では登場しないんですけど、彼女役として女優さんに稽古場に来ていただいて。『セットの上で2人がどんな暮らしをしていたのかやってみよう』『彼女役の方と2人で買い物へ行ってみよう』などの演出をしていただきました。その後に『彼女と過ごしていた一連の動作を、今度は彼女なしでやってみて』と言われて、その時とてつもない喪失感が込み上げてきましたね」
──作品や役の理解を深めるために、某氏と彼女の日常を擬似体験されたと。
「はい。しかも、翻訳家の広田敦郎さんも稽古場に毎日いてくださるので『戯曲を英文で読んでいるマンビィさんと、翻訳を読んでいる僕たちの解釈が微妙に違うかも?』となった時に、その場で『こっちの日本語の方が適切かもしれないですね』と提案して、本来の戯曲に歩み寄る作業ができた。演出家、翻訳家、俳優でその作品をより正しく、よりよい形で伝える方法は何かを常に考えられる環境だったのは、本当にありがたいですね」
──今回は死別を経験された方をケアする、グリーフケアの専門家の方も稽古場にお呼びして「大事な人を亡くされた方の悲しみは、どういった状態なのか?」と詳しく説明を受けたそうですね。
「悲しみや痛みなど、心の傷について研究されている方は、たくさんいらっしゃって。その方たちの資料も交えて、さまざまなお話を伺いました。それまでは僕が体験したことの範疇(はんちゅう)で某氏の心情を受け取っていたんですけど、いろんな人のグリーフケアのお話を伺うことで、より某氏の悲しみを知ることができましたね」
──浅野和之さんとは今作が舞台初共演になりますが、ご印象はいかがですか?
「尊敬しかないですね。浅野さんの素晴らしいところって、人としての思いやりや、好奇心と探究心がすごいところだと思います。素直に人と向き合う方だからこそ、全てのセリフや言動に説得力がある。何より、同じ作品に携われていることを幸せに感じさせてくれる俳優さんなので、自分も浅野さんのような人になりたいと思います。長年芝居をしている中で、“こうあるべきだ”と自分を定義づけて追い込んでいた時代もありましたけど、やっぱり人間やなって。この人と一緒に仕事したい、と思われる生き方じゃないと、真の意味で腹から湧き上がるすてきな芝居は生まれないんじゃないかなと、浅野さんを見ていて感じます。おぞましい俳優さんっていっぱいいるじゃないですか? エネルギーがあふれていて、驚異的な圧があって覇気を身にまとっているような。浅野さんってそれとは違う気がするんです。まるで、気持ちのいい日差しの中で揺れているカーテンみたいな人。『今日っていい日なんやな』と思わせてくれる、穏やかな風が吹いているような方ですね」
生きていれば“もしも、あの時”と考える場面に直面するし、だからこそ今をどう生きるべきかが見えてくる
──浅野さんが演じられる未来に対しては、どのように捉えていますか?
「未来って、某氏の映し鏡のような気がしていて。実は、この物語は一人称じゃないのかなと思っているんです。心の中の自問自答、自分との葛藤、進まなきゃいけないのは分かっているけど進めない某氏にとって、未来が発する言葉は恐ろしく厳しい。絶望のような言葉を投げかけられるけど、どこかに希望も感じる。それが浅野さんにフィットしているように思います」
──未来は某氏の映し鏡にも思える、というのは僕も戯曲を読んで感じました。それと同時に、大東さんが中学生だった頃のエピソードとも重なる気がして。小学3年生の時に、ご両親が離婚したことでお父さまとは離れ離れになって、中学2、3年生になると、今度は大東さんを引き取ったお母さまも家に帰ってこなくなった。1人きりになって、次第に学校も通えなくなり、家に引きこもっていたそうですね。そんなある日、大東さんの家から叫び声が聞こえて、心配した近所の方が訪ねてこられた時、大東さんは鏡に映る自分に罵詈雑言を叫んでいたとか。
「うんうん、ありましたね。無意識に自己否定をする言葉を叫んでいました」
──あの時代は、まさに“もしも もしせめて”を一番願っていたのかなと。
「そうかもしれないですね。生きていれば“もしも、あの時”と考える場面に直面するし、だからこそ今をどう生きるべきかが見えてくる。だから…子どもの頃の経験がなかったら、今の自分がいないなってつくづく思いますね。それを心の中から消し去ることもできたけど、僕はずっと向き合ってきた。それが今、当時の生い立ちを話すことで、どこかの誰かが『背中を押されました』と言ってくれる。自分はそんなつもりで言ったわけじゃないけど、意図せず誰かの背中を押すこともあるんだな、と知れたんです。あと、僕が俳優をやっている上で、子どもの頃の経験が大きな財産になっていて。取り返したい過去、取り戻せない過去が間違いなく今の後押しになっている。それは絶対に忘れたらあかんな、と思いますね」
──ご自身の境遇をどのタイミングで受け入れられましたか?
「カッコ悪いなって思い始めたんですよね。親との問題を30代になってもいちいち傷だと言っていても、お前はいち個人やろっていう。『いつまで甘ったれたことを言ってんねん!』って、恥ずかしくなったんです。親から自分の存在を否定されたと思いながら子ども時代を過ごし、自分らしさや生きる意味を求めて上京した。それなのに、その痛みにいつまでも縋っているのは、結局自ら親に縛られているわけで。真の意味でそこから解放されるのは、その痛みを自分の財産に変えていくことじゃないかな、って思い始めましたね。でも、上京してしばらくは生い立ちの話を一切しなかったんですよ。自分の中で恥ずかしいことやと思っていたから。それを初めて打ち明けたのが、33歳の時。(笑福亭)鶴瓶さんとの仕事やったんです」
──2019年にご出演された「A-Studio」(TBS系)ですね。
「笑福亭鶴瓶という人には、不思議と何でも話しちゃうんですよね。それ以降、どうでもよくなったんです。今日一日のオモロかったことを人に話すように、普通に言えるようになった。そこから本当の意味で解放されたんかなと思います。やっぱり今が豊かやし、学生時代に出会えなかった仲間にたくさん出会えたのが、自分の背中を押してくれたんですね。僕は僕らしく生きて、僕だけの仲間ができたって思えた。傷がどうこう言っているうちは、目の前にある恵まれている環境とか大切な人って見えていないんですよね。少なくとも僕はそうだった。『この人と出会えて、この人と一緒に仕事ができてうれしい』と素直に思えたら、過去のことは、どうでもよくなりました。だからこそ、今の環境が本当にありがたいですね」
「人生を作品に昇華するってこういうことか」と強く感じた
──それこそ、某氏はいつまでも亡くなった彼女に語りかけていますよね。でも、それは亡くなった彼女に対してではなくて、死を受け入れられない自分自身に対して語りかけているようにも思える。現実から目を背けているうちは実像が見えていないし、自分も前へ進めないわけで。大変恐縮ですけど、大東さんのお父さんに対する気持ちもそうだったのかなと。
「そうですね。某氏と同じく、僕も大切な人が亡くなった経験があって。帰ってきてほしいなとか、まだそこにおるんかなと思うことがあるけど、現実的にその人が再び現れることはない。亡くなった事実に対して見て見ぬふりをして、考えないようにしているうちは、大切な人の実像も見えてこないと思うんです。僕は自分が大きくなって父親が生きていることを知っても、かたくなに会おうとしなかったんです。それから25、6歳で会おうと思った時には、すでに亡くなっていました。遺影を見た時にそれが自分の父親という実感が湧かなくて、すごく悲しくなったんです。それで、『どういう人やったんやろう?』と思って、いろんな人に父親のことを聞いて回りました。そしたら最初に遺影を見た時よりも実像が浮かび上がってきて、初めて父親のことを愛せたし、『お父さんってこういう人やったんや』とハッキリ意識したんですよ」
──…すさまじい経験ですね。
「やっぱり過去の思い出に依存しているうちは、某氏もそこから出られない。彼女がいない痛みと向き合うことで、自分にとって彼女とはなんぞや、という答えが見えてきたんだと思います。かといって『What If If Only』は美談の物語じゃないんですよね。結局彼はまだ前へ進めていないので、光が先を照らすとしたら、足元の小さな一歩分の光が差したぐらい。そこにも共感するんです。人から人生の教えを受けても、そんな簡単に変われるわけではない。でも、つま先の小さな光が希望になる時もあるんですよね」
──その小さな光がリアルに描かれていますよね。
「そうなんですよ。一見めちゃくちゃ抽象的な作品に思いがちやけど、非常にリアリズムで、万人に当てはまる話やと思うんです。なぜ名前のない某氏かと言ったら、それは“あなた自身”やから。今を生きる全ての人にも当てはまるものだと思います。作品としても本当に刺さるし、これだけクリエーティビティーにあふれた本はないよなって。『人生を作品に昇華するってこういうことか』と強く感じましたね」
【プロフィール】
大東駿介(だいとう しゅんすけ)
1986年3月13日生まれ。大阪府出身。魚座。A型。近年の主な出演作は、COCOON PRODUCTION 2022 DISCOVER WORLD THEATER vol.12「『みんな我が子』-All My Sons-」、ミュージカル「夜の女たち」(ともに22年)、映画「劇場版 アナウンサーたちの戦争」「罪と悪」(ともに24年)など。
【作品情報】
Bunkamura Production 2024/DISCOVER WORLD THEATRE vol.14
『A Number―数』『What If If Only―もしも もしせめて』
◆東京公演:2024年9月10日~ 29日 世田谷パブリックシアター
◆大阪公演:2024年10月4日~7日 森ノ宮ピロティホール
◆福岡公演:2024年10月12日~14日 キャナルシティ劇場
取材・文/真貝聡 スタイリスト/服部昌孝 ヘアメーク/SHUTARO(vitamins)
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