「源氏物語」は平安時代のパラレルワールド!? 「趣味どきっ!」シリーズの講師・藤井由紀子教授が語る「源氏物語」&大河ドラマ「光る君へ」の魅力とは?2024/02/06
大河ドラマ「光る君へ」(NHK総合ほか)で、吉高由里子さんが演じる紫式部の人生をご覧になって、これまで何となく知っていた「源氏物語」がどんな物語なのか、気になっている方も多いのではないでしょうか? そんな人々の要望に応えるべく、2月7日から「趣味どきっ!」(NHKEテレ)では、「源氏物語の女君」たちと題し、「源氏物語」の主人公・光源氏が愛した女君(おんなぎみ)たちの生き方を通して、日本が誇る古典ロマンスの傑作を紹介するシリーズが始まります。
今シリーズは、清泉女子大学文学部・藤井由紀子教授の講義と原文で読み解く「源氏物語」をベースとして、テレビ向きに分かりやすくアレンジ。初回は光源氏が初めて愛した藤壺の宮に焦点を当て、ゲストの峯岸みなみさん、松田ゆう姫さん、おぎやはぎ・矢作兼さんと学生とともに学んでいきます。その際、物語を分かりやすく教えてくれるのが、講談師の神田蘭さん。心地よいテンポで光源氏と藤壺の宮のエピソードが語られるので、物語にグイグイ引き込まれ、続きが気になること間違いなしです。また、藤井教授による、時代背景や藤壺の宮の人物像、光源氏との関係などの解説が楽しいので、もしかしたら放送時間が短く感じる人もいるかもしれません。
放送を前に講師の藤井先生から、紫式部の人物像や当時の「源氏物語」の評価、そして各回に登場する女君の魅力、さらには「光る君へ」の感想なども伺いました!
紫式部の人物像と「源氏物語」の魅力
――史実の紫式部は、どういうことが伝わっているんでしょうか。
「紫式部は生まれた年も亡くなった年もはっきりしていません。お父さんが藤原為時で中流貴族の娘として生まれ、一条天皇の中宮である彰子の元に出仕していたことは分かるんですが、細かいことは全く分からないんです。当時の女性は、中宮レベルにならないと歴史的な事実として記録に残らないので、『紫式部日記』や『紫式部集』という歌集の言葉書きから読み取り、伝記を推測するしかないんです。だから、『源氏物語』もいつから書き始められたのか、いつ頃、今と同じような形になったのかは謎なんです」
――紫式部はどんな人柄や性格だったと思われますか?
「『紫式部日記』を読む限りは、どんな華やかな行事を描いていても、必ず最後に『そこになじめない私って…』と内省的なところに落ちていくので根暗なんですけど、それが彼女の本心だったのか、本当の性格だったのかはよく分からないんです。紫式部が仕えていた彰子がすごくおとなしい人で、『人が何かを言うと過ちが起こるから、それなら言わない方がいい』というくらい引っ込み思案。だから、女主人に合わせて紫式部は控えめにはしているんですけども、彰子と同じく一条天皇に寵愛されていた定子と比較されて、彰子が劣っていると思われることに対して、非常にじくじたる思いもつづっているんです。本当におとなしいだけの人なら『源氏物語』は書けないですし、本当に控えめな人なら『私は一という漢字も書けないふりをしている』と書かないですよね(笑)。書いたら残ることが分かっていて書いているわけだから、相当気は強い人だと思います」
――紫式部は書くことが好きだったのでしょうか。
「『紫式部日記』で、夫の宣孝が亡くなった時に心を慰めてくれたのは物語だったと言っているんです。共感し合える仲間たちと物語のことを話して、ちょっと遠い人でも『あの人、物語が好きらしいよ』と聞いたら、つてをたどって手紙を送って、情報交換をしていた。宮仕えをしてからは、そういう人たちとの交流が絶えてしまったんだけど、『宮仕えをした私のことを向こうもばかにしているかもしれないから、恥ずかしいわ』というようなことを書いていて。それは物語オタクが皆で同人サークルをやっていたのに、自分1人がプロになり、疎遠になってしまった感じに近いのかなと思えて、昔から日本文化を動かしてるのはオタクなんだなと(笑)」
――先生は「『源氏物語』は源氏を主人公にした、平安時代当時のパラレルワールドみたいな存在だ」といわれているそうですね。
「『源氏物語』の中には、ひと昔前、平安時代前期に実在した在原行平や紀貫之という名前が出てくるんです。例えば、紀貫之や女流歌人・伊勢が詠んだ歌が描かれた屏風を登場人物の帝が見ているとか、在原行平が須磨に行った時に住んでいた家のすぐ近くに光源氏も住んでいたという書き方をしているんです。つまり、ひと昔前の歴史と連結する時間軸で『源氏物語』は書かれていて、実際に紫式部が生きていた時代とパラレルな、もう一つの歴史を書こうとしている。そこが面白いところです」
――主役は光源氏ではないといわれているとも伺いました。
「光源氏はもちろん面白いんですけども、狂言回し的な役割を背負っている人物だと思っています。彼を中心に話は進んでいきますが、魅力があるのは彼を取り巻く女性たち。女性の書いた作品であるが故だと思うんですけれども、一人一人ものすごく個性的に書き分けがなされていて、それぞれの人生に平安時代を生きる女性たちの苦しみや悲しみが込められている。女性の生き方に選択肢がない時代に、どういうふうに生きていくのか、いろんなケースとして書き分けられているのが何より面白いです」
――どんな読者が物語を楽しんでいたのでしょうか。
「10世紀に書かれた説話集『三宝絵』の序文に、世の中に物語があふれていて、海岸の浜辺の砂より、森の草よりも多い。でもほとんどがくだらないと(笑)。“物語は女の御心(みこころ)をやるもの”=女性の心を満足させるものだと書いてあるんです。つまり、立派な男性貴族は物語なんて読まない。物語は女が満足するためのもので、くだらない。全部うそだからそんなもの読む必要がないと書いてあることから、物語は当時の女性たちがものすごく熱狂的に読んだものであるのは確かだけど、文学レベルとしてはかなり下に見られていた。現代でいうとサブカルチャー的な扱い。その認識を一変させたのが『源氏物語』。『光る君へ』でも、ついに登場した藤原公任という平安時代中期のナンバーワン文化人が、酔っぱらって『この辺りに若紫ちゃんいますか』と紫式部に絡んだという話や、一条天皇が『この人は日本紀(歴史書)をよく読んでいるね』と言ったと『紫式部日記』に書いてあることから、公任や天皇も読んでいたことが分かります。それまで“女の御心をやるもの”と言われていた物語の限界を突破したのが『源氏物語』だったわけです。『源氏物語』は破格のレベルだったので、男性貴族も天皇も読み、もう少し時代が下ると、百人一首を選んだ藤原定家の父・俊成が、和歌のお手本として『源氏物語』を読んでいない歌詠みは残念だと言ったりもするわけです。歌壇の中心人物が『源氏物語』を読まないと和歌なんか読めないと言い始め、かなり早い段階で古典化してしまう。これは同時代の物語の中でも例を見ない。紫式部、天才です」
――初めは女性読者から火がついたわけですよね。
「おそらく。同人サークルからだと思います(笑)」
――女性のキャラクターの書き分けがすごいという話ですが、その辺に共感したのでしょうか。
「そうだと思います。今の私たちが読んでいても、“推し”が見つかるんです。大学で教えている19、20歳の学生たちでも、授業が終わるとすぐ雑談が始まって、『光源氏、最低』とか『本当にこの女君好き』などと『源氏物語』の話で盛り上がるくらい、今の私たちでも共感できるので、当時のリアルタイムの女性たちがどれだけ熱狂して読んだかと思います」
――当時、印刷技術があったと思いますが、大ヒットのベストセラーとなったのでしょうか? また、作家として収入を得ることはあったのでしょうか?
「プロの作家みたいな意識はないと思います。まず、職業としての作家という概念が成立するのは、江戸時代になってからなんですね。印刷技術は確かにあるんですけれども、お経など限られたものしか印刷されないので、物語は手で写していくしかないし、それを商売として売って、ベストセラーになってという形ではなく、自然に広まっていくだけなので、印税や著作権という概念もないんです。だから、普通にお勤めをしている分の報酬をもらっているはずなんですけれども、物語でお金もうけをしていたということではないです」
――物語としては、桐壺帝が寝取られる話ですが、不敬罪についてはどんな感覚だったんでしょうか?
「私も本当によくこんなもの書いたなと思うんですよ(笑)。道長がパトロン的な存在であったのは確かなんですが、道長のもとでなぜ源氏が栄華を極める話が書けたのかも不思議だし、一条天皇が読んでいるのに皇統を乱すような話がなんで書けたのかがすごく不思議なんです。ですが、一つには、それだけ物語が低い価値のものだと見られていたから、そこで荒唐無稽なことを書いたとしても、いくら男性貴族たちが読んでいたとはいえ、『まあ、物語だしね』という一面もあったのは確かだと思います。よくできているのは、光源氏と藤壺の宮の息子が冷泉帝という帝として即位するんですが、冷泉帝には子どもがないという設定になっていて、一代限りなんです。密通の結果としての子どもの血が、脈々とその後の天皇家の系譜につながっていく形にはさすがになっていなくて、そこがギリギリだったのかなという気はします」
――当時は漫画の連載のように章ごとに読まれていたのでしょうか。
「今に伝わっている『源氏物語』の写本は、一つの巻(まき)で1冊に仕立てられているので、54巻が一気に手に入ればいいですが、手に入るところから読んでいた人もいると思います。ナンバリングしてあるわけではありませんし。実は、どういう順番で読めばいいのかという目録は、鎌倉時代になると出てくるんです。だから、正直、どういう順番で書かれたのかも分からないんです。私たちは光源氏の年齢順に巻を並べて読んでいて、活字のテキストや現代語訳もその順番なんですけど、実際は巻単位で書かれていて、最初から順番じゃないのは確かなんです」
――日本文化において、ずっと大事にされてきたわけではないようですね。
「『源氏物語』の評価も時代によって違うんです。道徳的にどうかという見方もあるし。紫式部は仏の加護を得てこんな傑作が書けたんだと言われる一方で、うそばっかりついて、偽りのことを述べたから地獄に落ちたという説もあったりして。その都度その都度、違いますね」
第2回以降「源氏物語の女君たち」に出てくる登場人物
――「趣味どきっ!」の第1回では、光源氏の父・桐壺帝に入内(じゅだい)してきた藤壺の宮が光源氏に恋い慕われ、密通して子を懐妊する物語が紹介されますが、今後、どういう人が出てくるのでしょうか? 第2回は紫の上に焦点が当たりますね。
「紫の上は非常に重要人物なので、第2回と第8回に出てきます。紫の上は、ザ・ヒロイン。幼い頃から死ぬまで私たち読者が付き合うことになります。紫式部の名前も紫の上から来てるんじゃないかという説があります。『源氏物語』は藤壺の宮の藤も紫色だし、光源氏のお母さんの桐壺の宮の桐の花も紫で、テーマカラーが紫っぽいんです。元々は藤原なので藤式部と呼ばれていたんだけれど、『源氏物語』を書いた作者ということで、紫式部と呼ばれるようになったんじゃないかといわれています」
――第3回の葵の上はどんな女性ですか?
「葵の上は光源氏の最初の正妻。プライドが高くて、ちょっと情に乏しいように描かれている女性です。身分の高い、当時の深窓の令嬢の実像が反映されている感じの、最後はかわいそうな、ちょっと悲劇的な結末を迎える女性です」
――第4回は実は先生が一番好きなキャラクターだそうですね。
「六条御息所は物の怪(け)になるということで、怖い女性のイメージで語られることが多いんですけれども、物の怪になるまで追い詰められた彼女の苦悩と悲しさ。平安時代の女性、一夫多妻の時代に生きる女性たちの悲しみが、この人に凝縮されていると思います」
――第5回は2人の主人公が出てきます。朧月夜の君と朝顔の君。
「この2人は正反対で対照的。割と流されてしまう恋愛体質の朧月夜と、最後まで光源氏との結婚を拒否し続けた朝顔の君という2人をセットで取り上げます」
――第6回は明石の君です。
「明石の君は、光源氏が須磨・明石に退去していた時に知り合った女性で、光源氏が関わる女性たちの中で一段劣った身分である。その身分を自分でもわきまえていて、耐えて耐えて耐えて、最後には一番幸せになる人です」
――第7回が女三の宮。
「女三の宮は、光源氏の2番目の正妻、光源氏が40歳の時に、14、5歳で結婚した帝の娘です。とにかく権威があって身分も高いけれども、本人は主体性がない凡用な描かれ方をされています。その凡用な人物が光源氏に最大の苦悩を味わわせるところに面白みがある人物です」
大河ドラマ「光る君へ」と史実について
――大河ドラマ「光る君へ」の第1回では、いきなりまひろのお母さんが殺害されて、衝撃的な展開で話題になりましたが、ああいうことは実際あったのでしょうか?
「私もびっくりして『えっ!』と声が出てしまいました。お母さんは紫式部が若い時に亡くなっているのではないかと言われていますが、殺害されてはいないと思います(笑)。ただ、殺害されたことはその場にいた数人しか知らなくて、表向きは病気で死んだことになっているわけですから、100%あり得なかったかと言われると、それも否定できないです。そういうことが本当にあって、歴史的なこととしては残っていないという可能性もありますから」
――大胆な脚本だったということですね。第2回では、紫式部が代筆屋さんをやっていました。実際にはどうだったんでしょうか。
「代筆の概念は当時もありました。歌が下手な人が知り合いに頼んで書いてもらったり、歌のうまい上司が部下の代わりにラブレターを書いてあげたりということは、歌集などに残っているんですが、商売として成り立っていたかといわれると、成り立っていなかっただろうと思います」
――登場人物が藤原ばかりで訳が分からなくなりそうになっていたら、ようやく第3回で源(みなもと)が出てきました。
「紫式部が生きていた時代は、藤原氏が政治的な権力を握っていて、他の氏族は没落してしまっている。そういう中で書かれた『源氏物語』は源氏のお話なんです。光源氏はニックネームで、本当は源○○と下に名前があるはずなんですけれども、作中では明らかになっていなくて、藤原氏の全盛期に源氏が栄華を極めていくお話が『源氏物語』なわけです。実際はドラマのように、ほぼ藤原氏という時代であったのは確かです」
――「光る君へ」の脚本家の大石静さんが「源氏物語」とリンクさせている部分もあるとおっしゃっていましたが、先生がご覧になって、「ここだ」と思ったポイントはどれぐらいあったのでしょうか?
「例えば、第1回で鳥が逃げるシーンは、若紫の登場シーンを踏まえているんだなとすぐに分かりましたし、第2回の代筆のところで、夕顔の花がきっかけになったところも『源氏物語』を踏まえているのはすぐに分かりました。作家・紫式部が誕生していく実際の経験が『源氏物語』の中に生かされて、落とし込まれていくんだというのを逆算して見ているような、“プレ源氏物語”みたいなところが所々にあるので、『源氏物語』を分かって見た方が断然面白いと思います」
――54巻もある中で、視聴者が「源氏物語」とリンクしているのかと気付くのはなかなか分かりづらいと思うんですけど、気付けるポイントはあるのでしょうか?
「何も知らずに見たら気付かないで見てしまいますよね。『趣味どきっ!』の今シリーズでは、全8回で女君を取り上げていますが、ゆるやかに光源氏の政変の話が分かるような構成で作っていますので、この番組を見てもらえれば『源氏物語』とのリンクポイントがあるかもしれません」
――ありがとうございました!
【番組情報】
「趣味どきっ! 源氏物語の女君たち」
2月7日スタート
NHK Eテレ
水曜 午後9:30~9:55
NHK担当/K・H
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