「どうする家康」の脚本家・古沢良太、松本潤と家康像で共感「自分でも思っていた以上に新しい家康像が出来上がった」2023/12/02
第45回(11月26日放送)の大河ドラマ「どうする家康」(NHK総合ほか)では、徳川家康(松本潤)が豊臣秀頼(作間龍斗)を二条城に呼び、徳川に従うことを認めさせようとしますが、麗しい姿を見た人々は熱狂。そのたたずまいに脅威を感じた家康が自らの手で豊臣との問題を解決しようと思っていた矢先、豊臣が大仏を再建した方広寺の鐘に刻んだ文字が火種になり、家康最後の戦となる「大坂の陣」へと発展していくことに。
今回は、「どうする家康」を執筆した古沢良太氏に、台本を書き終えた今の気持ちや家康を演じた松本さんとのエピソード、映像化されて驚いたことなどを伺いました!
――長い道のりを乗り越えて、全48回の台本を脱稿された今のお気持ちを教えてください。
「約2年、ずっと『どうする家康』を書いていました。終わった今、やっとゆっくりできて、少しずつ人間らしい生活を取り戻しつつあります(笑)。でも、まだ終わった実感がなくて、心のどこかで直しの要求に備えている状態です」
――最初はか弱かったものの、次第に貫禄も付き、今や立派なタヌキとして鎮座している家康。この作品を執筆するにあたり、どんな家康にしようと思われていたのでしょうか?
「滝田栄さん主演の大河ドラマ『徳川家康』(1984年)などで、日本史上の重要な人物としての家康はもう十分、今までに描き尽くされているので、僕は歴史の年表や偉人伝を作る気はなく、1人の普通の子がどうやって乱世を生き抜いたのかという物語を描きたかったんです。そうすると、日本史上の大事な出来事と、彼のいち私人としての人生の大事な出来事はおのずと違ってくる。そういういち私人としての家康の人生を魅力的に描くには、家臣たちとの絆や家族との物語が大事だろうなと。だから、なるべくそちらを重点的に描きたいと思っていました」
――なるほど。
「戦国時代は、織田信長(岡田准一)や豊臣秀吉(ムロツヨシ)、武田信玄(阿部寛)、今川義元(野村萬斎)といろんなスターが出てきて、彼らは一代で隆盛を築いたけど、継承に失敗していて、家康だけがそれを成功させているんです。なぜ家康だけが継承できたのかを考えた時に、家康だけが天才じゃなかったのではないかと思って。信長も秀吉も信玄も義元もすごい天才だから、天才にしか運営できない仕組みを作ってしまって継承できない。でも、家康は普通の人だったから、普通の人が運営できる体制を作って、秀忠(森崎ウィン)に継がせ、続いていったんじゃないかと僕なりに解釈して。だとすると、家康は天才でも何でもない、むしろか弱い凡人として描くのが新しいし、ドラマのテーマになると思ったんです。そこからスタートして、艱難辛苦(かんなんしんく)の連続である人生の過程で変貌していく家康を描きたいと思いました」
――大河ドラマならではのやりがいや面白さ、大変だったことを教えてください。
「今回は全48回でしたが、こんなに長い物語を書かせてもらえる大河ドラマは、脚本家にとってはとてもうれしい番組なんです。1人の人生を最初から最後まで描けるのはありがたい場だとも思っています。通常の連続ドラマは約10回ほどですから、もっとこの辺を深掘りしたら面白くなるのにと思うことや、スピンオフ的な話もいっぱい思い付くけどできないなと感じながら終わるのですが、今回は48回もあるので、今まで描かれてこなかったこともイメージを膨らませて描いたし、史料に残ってないことの方が面白く描けるので、それも楽しんでたくさん描けたのが面白かったです。やりすぎた感もありますが(笑)。また、最初に作った全話の構成通りにはいかないと覚悟していましたが、最終的にはほぼプラン通りだったので、うまくいったと自負しています。とはいえ、1人で全部書くのはめちゃくちゃ大変でした。時代考証の先生方の意見も最大限に取り入れることにしていたので、常に時間に追われ、勉強しながら書くのはとても苦労はしましたが、やりがいもありました」
――時代考証の先生の意見を最大限に取り入れていたんですね。
「家康の解釈を今までとなるべく違う解釈にしたかったのですが、史実を守らないと何でもありになっちゃうので、史実として合意が取れていることは最大限守る方針に決めたんです。だから、考証の先生方にもものすごく細かく見てもらって、この日だとこの人はなんとかの戦に参加しているという史料があるから、ここにはいませんと言われたこともできる限り守ったんです。お客さんに通じていない部分もあるかもしれないけど(笑)。僕の中ではすごく史実を守ったドラマだと思っているんです」
――家康を演じる松本さんの印象はいかがでしょうか?
「最初に全48回の構成を松本さんにも見ていただいて、彼はそれを熱心に読み込み、家康がどこでどう変化していくといいのかを懸命に考えていました。撮影は第1回から順番に撮っていくわけじゃないし、突然、全く違う回を撮る中で、非常に繊細に家康像の段階を計算しながら最初から現場に入っていて、繊細に役を作っていた印象です」
――松本さんと話す中で、刺激や影響を受けたことはありましたか?
「松本さんとは、3回ほど話しました。家康が変化していくタイミングで考えを確認したいということで、ここでこういうふうに変わると考えてますというのを、彼は基本、真剣に聞いていて、そこで話し合いながら、僕も家康像がまとまっていく感じでした」
――序盤の、すごくダメでめそめそ泣いている家康はどんな気持ちでご覧になっていたのでしょうか?
「松本さんは最初から振り切ってダメダメな家康を演じてくださっていました。みんなは後半の貫録のある家康になってから褒めてくださっていると思うけど、僕からしたら、前半のダメダメな家康をあそこまで振り切ってやることの方が難しいことで、松本さんも頑張ったと思うので、もっとあっちを評価してあげてくれと。本当に素晴らしかったです」
――家康は瀬名(有村架純)と恋愛して結婚しましたが、なぜそのように描いたのでしょうか?
「僕の中では恋愛結婚だと思ってないんです。ドラマ上も今川義元の意思で結婚させているから。ただ、本人たちが好き合っていたという気持ちの問題は、解釈次第で事実と相反することではないと思ったし、その方がロマンチックだから、そうしました」
――「築山殿事件」は、今作では瀬名が戦のない世を作ろうとした結果の悲劇として描かれました。なぜそのような展開にしたのでしょうか?
「このドラマでは瀬名がすごく重要な人物。家康を大きく変えるし、彼が成し遂げなければならない宿命を残していくポジションのキャラクターにしたかったので、そのために築山殿事件がどうあるべきかを考えて作っていきました。家康は本当に戦のない時代を作り、成し遂げるわけですが、当時としてはかなり信じがたい出来事で、その夢や目標を誰が家康に一番強烈に託していくかというと、家康にとっての最愛の人、すなわち瀬名じゃないといけないと思ったので、そう解釈させてもらいました」
――史実の「築山殿事件」は築山(瀬名)と信康(細田佳央太)が織田と手を切り、ひそかに武田と通じて新しい軍事同盟を作ろうとしていたことが家康にばれて、結果的に命を落としますよね。
「ドラマでも起こっている出来事はそのままなんですよ。ただ、何を思ってそうしたか、何を目指してそうしたかという解釈を全部変えているんです。従来だと瀬名が悪女だったから。または、家康と仲が悪かったからと解釈しているけれど、人間を一面的に解釈する歴史観がすごく嫌で。われわれの日常生活の中で、会ったこともない人をこういう人だって断ずる人がいたら愚かな話だけど、歴史上の人物に対してはみんながそれをやりたがる。本当はどんな人だったかなんて僕らには分からないですよね。歴史っていろんな解釈ができるから面白いんだよということを提示したかったので、反論もたくさんあるだろうことも覚悟の上で、あえて、ああいう形にしました。それで、こういう解釈も成り立つのか成り立たないのかという議論をしてくれることを、僕は一番望んでいました。ドラマも盛り上がるし、歴史の解釈の面白さを知って、歴史好きの人が増えるんじゃないかなと考えて、ああいうふうにしたんです」
――「どうする家康」のタイトルにかけて、ご自身的に「どうする?」と悩まれた展開や瞬間を教えてください。
「史実を守ることに加え、なるべく最新の学説を採用すると決めていたら、やはり徳川家康なので、めちゃくちゃ史料が残っている(笑)。しかも、この数年で発見や学説の進化があって、勉強しなきゃいけないことが想像していた以上に多くて、途中で『まだ勉強しなきゃいけないことが無限にある』、でも撮影に追いつかれるし、放送も始まっているし…という時が一番つらかったです(笑)。大体これくらい分かっていればいいだろうと思っていたら、全然それじゃ足りない感じでした」
――古沢さんの中で思ってもない動きを見せたキャラクターはいますか?
「全員と言えば全員です。そこまですべてのキャラクターを計算ずくで描いていたわけではなくて、描きながらこの場面だったらこの人はどうするか、どんなことを言うかを考えながらやっていて。だから、どのキャラクターも自分が思っていたよりもちょっと違う、想像を超える働きを最終的にはしていると思います。しいていえば、家康かな。家康がどう変化していくのかは割と最初に作って、基本的にはその通りなんだけれども、途中で松本さんと話し合いながら、最後にたどり着く家康の境地は描きながら見つかったことで、それが良かったのかどうか、ちょっと分からないけれども、想像していなかったところにたどり着いた感じはありました」
――2年間にわたる執筆の中で大変なこともいっぱいあったとおっしゃっていましたが、筆が乗った瞬間はありましたか?
「例えば、第14回(4月16日放送)の金ヶ崎の阿月(伊東蒼)の話は特に好きでした。ああいう歴史の裏側の話を自分なりに想像力を膨らませて描いていた時は楽しかったです」
――お市(北川景子)が送ったといわれている「小豆袋」を人物に見立てるところがすごく斬新でしたが、映像でご覧になった時はいかがでしたか?
「すごくよかったです。演じてくださった伊東さんも素晴らしかった。小豆の袋が届いて、『これは』って気付くエピソードは分からないだろうと思って(笑)。ああいう逸話って、ほとんど後世の創作らしく、当時の僕みたいな人が作ったんでしょうから、現代の僕がもっと後世の創作を作ってもいいんじゃないかと、新しい逸話を作ろうと思ってやっていました」
――また、秀吉を演じるムロさんの怪演が話題でしたが、ムロさんは古沢さんと話したことがないので、その演技が正しかったかどうか分からない、聞いてみたいと話されていたのですが、どう思われていたのでしょうか?
「最後の方の撮影の時に現場に行って、ムロさんにお会いして『お疲れさまでした』というようなことしか言ってなかったんだけど、ふと『この人に感想を何も言ってないな』と思い出して、『秀吉最高でした』と伝えたら『怖くて聞けなかったんですよ』と(笑)。本当に最高でした。台本ではなかなか表現できない、秀吉の得体の知れないバイタリティーと誰の懐にでも入っていく厚かましさと、何を考えてるか分からない恐ろしさを演技でちゃんと表現してくださって、すごく感謝しています」
――先ほどお話されていた阿月のように、1人のキャラクターに焦点を当てていた回の中でお気に入りはありますか?
「側室のお葉(北香那)の話は、まさにラブコメみたいなものが作りたいなと思っていました。ほかには、忍者の話を描きたくて、第5回(2月5日放送)で瀬名を奪還しに行く話を創作しました。歴史上あんなことはないんですけど(笑)。ただ失敗するという何も進展しない回を作ったけど、あれで忍者っていう人たちの生きざまが表現できたのも、描いていて面白かったです」
――コミカルなシーンが絶妙なバランスで組み込まれていて、特に服部半蔵(山田孝之)が非常に楽しかったのですが、半蔵のキャラクターにどんな思いを込めたのでしょうか?
「服部半蔵は一般的に忍者と言われているけど、実際はお侍で、武将なんですよね。父親やその前の代は分からないのですが、彼自身は武士なんです。そう考えると“ザ・忍者”みたいに描いちゃうとちょっと違うかなと思って。本人は武士と言っているけど、周りからは『お前、忍びだろ』としか思われていないキャラクターかなと考えていくうちに、自然とあんな感じになりました。山田孝之さんが素晴らしかったので、出番はたくさん描かせてもらいました」
――映像になって驚かれた場面や、期待を超えてきたのはどのシーンでしょうか?
「現場のアイデアがたくさんあるので結構あるんですが、第1回(1月8日放送)の平八郎(本多忠勝/山田裕貴)の登場のシーンは、台本上は海じゃなかったんだけど、海岸にいて馬で登場していて、非常に印象的なシーンになっていたと思います。そして、第5回の忍者が登場するシーンも台本上はバラバラ集まってくるだけだったのに、カラカラカラって音が鳴る変な仕掛けがあって、見てびっくりしました(笑)。みんなすごく楽しんで、いろいろアイデアを出してやっていらしたんだなと」
――驚きがたくさんあったんですね!
「当初予定になかったキャラクターも、後半で突然、直前に描いたのですが、それも短い時間で素晴らしい人がキャスティングされました。また一人一人に個性的な衣装や扮装(ふんそう)が施されて、あっという間にセットができて、最後の方はもっとやっつけ仕事みたいになっちゃうんじゃないかなと懸念していたけれど、全然そんなことなくて、むしろ絵の迫力がどんどん増していっている感じが、すごいスタッフだと感心しました」
――特に印象に残っているセットや衣装はありますか?
「忍者の巣窟もあんなのができると思っていなかったし、大坂城もろうそくがいっぱい立っているところは斬新で印象的でした。終盤の茶々(北川景子)もすごい衣装だなと。阿茶(松本若菜)も格好いいですし。家康の老け具合もやはりすごいなと思います」
――シーンで言えば、えびすくいがクローズアップされていましたが、当初の予定通りだったのでしょうか?
「えびすくいは酒井忠次(大森南朋)が得意としていた宴会芸として史料に残っているので、それに歌と踊りを作ってもらいました。なるべくやろうと思っていたら、思った以上に盛り込んでしまいました(笑)」
――家康が信長の前で踊るえびすくいもありましたね。
「あれはちょっと予想外でした。あんなふうになるとは想像していなかったです。あんなに力入れたすごいえびすくいになるんだって思いましたね。いろんな思いが込められていて。信長の機嫌をとって太鼓持ちみたいな感じでやるのかなと思っていたら、反抗心みたいなものも見え隠れしながら、一世一代のえびすくいになっていたので、想像を超えたところでした」
――第46回(12月3日放送)からの大坂の陣はどんなところを見てほしいですか?
「大坂の陣は一番こだわりました。本当に家康の長い長い生涯、ずっと戦争し続けてきた人の最後の戦争で、これによって本当に彼の悲願であった戦なき世を成し遂げる戦いなんですね。それは、やっと彼が戦争に明け暮れた人生から解放されたんだけど、決して晴れやかなものではなくて、それと引き換えに彼にとって大事なものを捨てていった。苦い苦いものを飲み込んで成し遂げたっていう。いろんな恨みも買って、千姫(原菜乃華)からも憎まれるなど、平和を成す代わりに彼個人の幸せを捨てたという描き方がしたいと思っていました」
――終盤の家康のシーンについて、特にこだわった点やそこに込めたメッセージを教えてください。
「よく家康の“成長物語”と言われますが、僕は成長と思って描いていないんです。そもそも、成長っていう表現が好きじゃないこともあって。背が伸びることは成長なんだけれども、人間の内面的な変化を成長と呼ぶのは傲慢(ごうまん)な話だなと思っていて。誰かにとって都合のいい方向に変化したらあいつは成長したと言われ、都合の悪い方向に変化するとダメになったと言われる。それはその人にとってそう見えているだけであって、その本人にとっては全然別のこと。家康も駆け引きの技術を手に入れたとか、戦術を学んだとかであれば成長だけど、この物語の家康は全然そうじゃなくて、何か大きな喪失とか、耐え難い挫折を経て変化していくので、僕の中では心が壊れ、人間らしさや彼本来の優しさや弱さ、幸せも捨てていってる。その結果、みんなから恐れられ、怪物のように思われ、あるいは人ではなく神のように扱われ…。でも本当の彼は、ドラマを見てきてくださった視聴者の皆さんが知ってるよねと。見てもらえればそういうふうに感じてもらえるんじゃないかと確信しています」
――描き切った今、最初もしくは小さい頃に思い描いていた家康と全く違う人物として描けたのでしょうか?
「最後の撮影の時に松本さんが『家康ってかわいそうですね。自分で演じていても、この人はすごくかわいそうだと思う』とおっしゃっていて、うなずきました。僕もここまでかわいそうな人になるとは思っていなかったので。天下を取ったのにかわいそうと思われてしまう家康は今までにないでしょうから、自分でも思っていた以上に新しい家康像が出来上がったんじゃないかなと思いますし、そういうふうに感じてくれる人が多ければ幸せです」
――今後また大河ドラマを描くとしたら、いつの時代を描きたいですか?
「そんな話をいただけるか分かりませんが(笑)。特にいつの時代という希望はないですが、今回学んだことがいっぱいあるし、もちろん悔いもあるんですけど、自分としては本当に学びが多かった仕事で。たぶん、大河で学んだことは大河でしか返せないというか、表現できないでしょうから、もし、いつかもう1回チャンスをもらえたら、次はもっともっと上手にやれる、そういう気持ちだけはありますが、当分先でいいです(笑)。ただ、『どうする家康』は今の僕にしか書けなかった作品。力は出し切ったし、思い残しもありません」
――ありがとうございました!
【番組情報】
大河ドラマ「どうする家康」
NHK総合
日曜 午後8:00~8:45ほか
NHK BSプレミアム4K
日曜 午後0:15~1:00ほか
NHK BS・NHK BSプレミアム4K
日曜 午後6:00~6:45
NHK担当/K・H
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