話題のノンフィクション「つけびの村」著者・高橋ユキが語る、情報との接し方の注意すべきポイントとは?2023/04/28
私たちが正しく判断するために、今、何をどう知るべきか――その極意を学ぶ連載「私のNEWSの拾い方」。月刊誌「スカパー!TVガイドBS+CS」で掲載中の人気連載を、TVガイドWebでも展開中。今回は、小学館文庫より「つけびの村」が発売中のノンフィクションライター・高橋ユキ氏。裁判傍聴ライターとしても活躍し、数々の事件報道に触れてきた高橋氏に、センセーショナルなニュースとの接し方や、狭いコミュニティーでの情報論まで、たっぷり伺いました。
POINT1 ◆同じニュースを複数の媒体で見る
POINT 2◆ニュースアプリを使わずに、関心外のニュースも見る
――高橋さんは主に事件記事を執筆されていますが、事件報道を見る際に気を付けるべき点は何ですか?
「私は関心のある事件については、複数の媒体の報道を見るようにしています。媒体によって報道の仕方が違う場合があるので、たくさんの媒体をチェックすることで、その信憑性を確かめます。普段のニュースについては、新聞は二つ契約して、大きな見出しだけをザッと読んでます。これに地方紙が加わるときもあります。詳しく読むと個々の報道に一喜一憂して、本業に支障が出るので、あくまでもサラッと。やっぱり普段のニュースでも複数の情報があるほうが安心しますね。あと、ニュースアプリは使わないようにしています。使っているうちにパーソナライズされて、“自分が欲しい情報”ばかり出てくるのが怖くなって、使うのを止めたんです。“自分の関心の外にある情報”も知っておきたいし、ニュースアプリだと『“自分が欲しい情報”ばかりを見ている』と自覚しにくいんですよね」
――「つけびの村」で書かれている山口連続放火殺人事件は、犯人が残した「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」という不気味な川柳がセンセーショナルに報道されて、一気に世間の注目を集めました。事件の内容よりも断片が注目される功罪についてはどう思いますか?
「最近だと、特殊詐欺絡みの広域強盗事件の首謀者が“ルフィ”を名乗っていたと報道されたことで、世間に注目されましたよね。あれから報道が“ルフィ”一色になった。私はちょっと引いたのですが、その名前が出たことで、初めて特殊詐欺絡みの事件が大々的に報道されたという面もあります。似たような事件は前から起こっていて、報道もされていたけれども、そこまで世間の関心は高くなかった。それが“ルフィ”が好き放題にやれる土壌を作ってきたとも言えるわけです。“ルフィ”のインパクトによって、その手口が広く知られたのは良いことなのですが、一方で、名前だけに引っ張られて、事件の詳細に関心が持たれなかった部分もある。『つけびの村』の事件でも、川柳のインパクトで関心を持ったけれども、その後の裁判で判決が出る頃には関心をなくしていた人は多いはずです。自分ごとじゃないから、と言ってしまえばそれまでなのですが、『あの事件、あれからどうなったんだろう?』という関心も持ってほしいですね」
――『つけびの村』で驚いたのは、事件に対する村人たちの認知・解釈がバラバラだったことで、それはニュースの受け止めにもつながると感じました。
「みんなそれぞれ『事件の原因はこれだ』と結論づけたがるんですけど、近くにいる人でさえ突拍子もないことを真実だと思いこんでいるところがある、と感じました。それは閉鎖的な小さいコミュニティだから起こったように見えますが、似たような現象はネット上でも起こっていると思います。あの村の話は『情報をどう受け止めるか』の話でもあって、陰謀論がはびこっている今のネットも『信じたい情報だけを見ることが可能な世界』という危うさがある点で共通しています。狭いコミュニティの中だと、1つの噂話の影響力が大きくなって、それに左右されてしまうのと同じように、情報も特定のものにすがってしまうと、良くない影響があると思います。(事件の犯人である)ワタルが『近所の人に噂をされている』と思い込むようになったのも、病気の影響もあるのでしょうが、コミュニティの狭さが影響した部分もあるように思います。取材を通して、『意識してたくさんの情報に触れた方がいい』と改めて感じましたね」
取材・文/前田隆弘
【プロフィール】
高橋ユキ
1974年生まれ、福岡県出身。2006年、「霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記」でデビュー。裁判傍聴を中心に、事件記事を執筆。19年刊行の「つけびの村」が話題を呼ぶ。そのほかの著書に「逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白」(小学館新書)などがある。
【書籍情報】
「つけびの村 山口連続殺人事件を追う」
小学館 792円(税込)
2013年7月に、山口県の限界集落で5人が殺害された。逮捕された男の家の窓に「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」という張り紙があったことから、当時センセーショナルな事件として報道されていた。事件から数年後、ノンフィクションライター・高橋ユキ氏が現地に赴き、村にまつわる「うわさ話」の謎から、事件の背景をひもといていく――。
【「見つけよう!私のNEWSの拾い方」とは?】
「情報があふれる今、私たちは日々どのようにニュースと接していけばいいのか?」を各分野の識者に聞く、「スカパー!TVガイドBS+CS」掲載の連載。コロナ禍の2020年4月号からスタートし、これまでに、武田砂鉄、上出遼平、モーリー・ロバートソン、富永京子、久保田智子、鴻上尚史、プチ鹿島、町山智浩(敬称略)など、さまざまなジャンルで活躍する面々に「ニュースの拾い方」の方法や心構えをインタビュー。当記事に関しては月刊「スカパー!TVガイドBS+CS 2023年5月号」に掲載。
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