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元京大総長・山極寿一が語る、現代社会の情報との付き合い方とは?【後編】2022/10/31

元京大総長・山極寿一が語る、現代社会の情報との付き合い方とは?【後編】

 私たちが正しく判断するために、今、何をどう知るべきか――その極意を学ぶ連載「私のNEWSの拾い方」。月刊誌「スカパー!TVガイドBS+CS」で掲載中の人気連載を、TVガイドwebでも展開中。今回は、ゴリラ研究の第一人者であり、元京都大学総長で、現在は総合地球環境学研究所・所長の山極寿一氏に話を聞いた。「スマートフォンがどんな影響をもたらしたか?」という疑問から、「豊かさ」について考える後編を届ける(前編はこちら▶https://www.tvguide.or.jp/column/column-1779683/)。

POINT ◆人間を豊かにするのは「結果」ではなく「過程」

――スマホで検索して「とにかく結果だけを知りたがる」ことの弊害は何でしょうか?

「人間は結果を求めるのではなく、過程を求める生き物なんです。しかし今は『過程はどうでもよくて、結果だけを求める』という傾向が強くなっている。身体障害者や老人に対して、『結果を出せない者は早くこの世から消えてしまえ』と考える人が出てきているのは、その帰結だと思います。だけどそれは間違いであって、本当にわれわれが求めているのは、過程なんです。自分が予想した通りの結果をもたらさないかもしれなくても、その過程の中でわれわれは多くを学べるし、いろんな経験に出合える。それが人間の社会であり、人生の豊かさなんだけど、今の社会はそこを全部捨象して、結果だけを求めている。それは労働についても同じで、『どんな仕事をし、どんな経験をするか』が捨象されて、ただの結果…お金を稼ぐだけの手段になってしまっています」

――著書「スマホを捨てたい子どもたち」で提案されている、一時的にスマホの使用を停止する「スマホラマダン」はなぜ重要なのですか?

「人間、もちろん便利な方がいいんです。情報というのは便利さをもたらしてくれるし、効率を上げてくれる。逆に言えば、スマホを使うのは、そういう目的のみにするべきなんです。情報には二つの側面があって、利便性や効率性をもたらす一方で、情報に自分が操作されてしまうこともあるわけです。ある情報を検索すれば(それに関連した)次の情報が出てきますよね? その情報を読むとまた次の情報が出てきて、どんどん時間を使ってしまう。その時間というのは効率とは真逆の、ただのもったいない時間なんです。スマホがなかった時代、今ダラダラとスマホを使っている時間を人は何に使っていたか? 人と会ったり、何かを体験する時間に使っていたわけですよね。情報というのは、そこから『学ぶ』ことは多いけれども、『気付く』ことは少ない。人と会ったり、自然の中に身を置いたりすることで、初めて『気付き』を得られる。われわれ人間が、700万年の進化で築き上げた能力を使うためには、スマホの情報以外のものと出合う必要があります。スマホラマダンといっても、『スマホを絶対に使うな』ということではない。使う時間をできるだけ少なくして、あくまでも情報機器として使えと言っているわけです」

――過程が大事ということは、一見無駄に見えるおしゃべりも、また大事ということですか?

「ロビン・ダンバーという霊長類学者が、『ことばの起源』という本で『人間の会話の約80%はゴシップだ』と喝破しました。会話というのは情報交換し合ってるように見えて、実はお互いの気持ちをすり合わせている。ゴシップということはつまり、上司の悪口かもしれないし、仲間のことを笑ってるのかもしれない。だけど話題にすることで、仲間を仲間として認識して、人間同士のネットワークを維持している。一定の時間おしゃべりすることで、人間にはいろんな側面があると分かってくる。敵対する相手の中に、和解しうる部分が見えてくるかもしれない。相手のことを話しながら、実は自分自身のことを語っている時だってある。しかし自分の好きな情報しか集めていないと、その人の複合的な面が見えてこない。『こいつはいいヤツ、こいつは悪いヤツ』という単純な見方しかできなくなる。

 今や、人と人が会うことにも意味を求める社会になってしまっています。『時間=コスト』という見方しかできなくなり、『意味がないと人と会わない』と考えるようになった。でも人間関係というのは、意味を付与しない時間を費やさねばならないんです。大きくなっても幼なじみや旧友との関係性が変わらないのは、そういう時間を過ごしたからですよね。意味にとらわれすぎると、かえって自分が追い詰められてしまうのではないでしょうか」

取材・文/前田隆弘

【プロフィール】

山極寿一(やまぎわ じゅいち) 
1952年生まれ。人類学者、霊長類学者であり、ゴリラ研究の世界的権威。第26代京都大学総長を経て、現在は総合地球環境学研究所・所長。著書に「スマホを捨てたい子どもたち」(ポプラ社)、「京大総長、ゴリラから生き方を学ぶ」(朝日新聞出版)など。

【書籍情報】

元京大総長・山極寿一が語る、現代社会の情報との付き合い方とは?【後編】

『スマホを捨てたい子どもたち 野生に学ぶ「未知の時代」の生き方』 
ポプラ新書 946円(税込) 
依存しつつも子どもたちが「スマホを捨てたい」と感じるのはなぜか? ゴリラ研究から人類を考察してきた山極氏が、この時代を豊かに生きる術を語る。

【「見つけよう!私のNEWSの拾い方」とは?】

元京大総長・山極寿一が語る、現代社会の情報との付き合い方とは?【後編】

「情報があふれる今、私たちは日々どのようにニュースと接していけばいいのか?」を各分野の識者に聞く、「スカパー!TVガイドBS+CS」掲載の連載。コロナ禍の2020年4月号からスタートし、これまでに、武田砂鉄、上出遼平、モーリー・ロバートソン、富永京子、久保田智子、鴻上尚史、プチ鹿島、町山智浩(敬称略)など、さまざまなジャンルで活躍する面々に「ニュースの拾い方」の方法や心構えをインタビュー。当記事に関しては月刊誌「スカパー!TVガイドBS+CS 2022年11月号」に掲載。



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