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「文通相手がやなせたかし」中園ミホが明かす「あんぱん」誕生秘話と朝ドラへの覚悟2025/04/26 08:15

「文通相手がやなせたかし」中園ミホが明かす「あんぱん」誕生秘話と朝ドラへの覚悟

 NHK総合ほかの連続テレビ小説「あんぱん」(月~土曜午前8:00ほか)が放送開始から約1か月を迎えた。今田美桜演じる主人公・のぶと、北村匠海が演じる「アンパンマン」の作者・やなせたかしさんをモデルとした柳井嵩の生きざまを描き、反響を呼んでいる本作。手がけたのは「ドクターX~外科医・大門未知子~」(テレビ朝日系)など、数々のヒット作を生み出してきた脚本家・中園ミホさん。

 興味深いことに、中園さんは小学生時代からやなせさんと文通を交わしており、その縁が「あんぱん」誕生の原点となっている。本インタビューでは、前後編にわたって、やなせさんとの文通の記憶や「あんぱん」誕生の背景、奥さま・暢さんとの関係性、徹底した現地取材のエピソードに加え、キャラクター創作の裏話、そして最終回に向けた構想まで――“脚本家・中園ミホ”の視点から、「あんぱん」の世界を掘り下げる。前編では、ドラマ化に至る経緯ややなせさんとの出会い、詩との関係、奥さまの存在、そしてキャストへの思いなどを中心に話を聞いた。

──やなせ夫妻を題材にしようという思いが、倉崎憲チーフプロデューサーと偶然一致したということですが、そのようにプロデューサーの方とテーマが合致するということは、過去にあったのでしょうか?

「初めてですね。本当に朝ドラの執筆は大変なので、お声掛けいただいたとき、正直、半分はお断りしようかと思っていたんです(笑)。でも、やなせ夫妻を書けるなら、絶対に私が書きたい、――これはもう、老体に鞭(むち)打ってでも頑張らなきゃ、と覚悟を決めて、お引き受けしました」

──それだけやなせさんには特別な思い入れがあるんですね。

「元々私、やなせさんの『愛する歌』という詩集を小学校4年生の頃に読んで、それでやなせさんにファンレターを送ったら、すぐにやなせさんから返信をいただいて、そこから文通が始まったんです。『愛する歌』は、まだボロボロの状態で私の手元に残っていて、この間開いて読んでみたら、ほとんどの詩を覚えているんですよ。当時、それぐらい繰り返し読んでいたんですね。『アンパンマン』のやなせさんは、69歳でブレークなさったけれど、その前にも本当に素晴らしいお仕事をたくさんなさっていますから、できるだけ多くの方に、そのやなせワールドを知っていただきたいと思っています」

「文通相手がやなせたかし」中園ミホが明かす「あんぱん」誕生秘話と朝ドラへの覚悟

──第4回(4月3日放送)でのぶの父親・結太郎(加瀬亮)が亡くなった時に、やなせさんの詩を思わせるセリフがありましたが、脚本にやなせさんの詩はどんなふうに影響していますか?

「そのシーンで最初からやなせさんの詩を使おうと思っていたわけではありません。でも、覚えているフレーズがたくさんあるので、(草吉役の)阿部サダヲさんと子役の嵩のシーンで、2人の顔を思い浮かべ書いていたら、やなせさんの詩が自然と降りてきた感じです。あのセリフは『人間なんてさみしいね』という詩の一節なんですけど、まさに私はこの詩を読んで、やなせさんに手紙を書こうと思ったんです」

──その詩の内容について、もう少し教えていただけますか?

「『たった1人で生まれてきて たった1人で死んでいく 人間なんてさみしいね 人間なんておかしいね』という詩です。私、10歳で父親を亡くした時にその詩を読んで、なんか索漠とした詩なんですけど、逆に父を失った悲しみからすごく救われたんですよね」

──生前のやなせさんと交流されていた時は、どんな印象でしたか。

「お会いした頃は、やなせさんはまだ代表作がないということを気にしていらして、お手紙には愚痴っぽいことも書かれていました。『またお金にならない仕事を引き受けてしまいました』とか『なんでこんなにお金にならないのに忙しくしているんだろう』とか、そういう結構愚痴が小学生の私に書いてあるんです(笑)」

──小学生の中園さんは、やなせさんにどんな印象を持ったのでしょう?

「失礼な言い方ですが、私のイメージは『へなちょこ』。でも、小学生の私にそう思われちゃうぐらい正直で真っすぐな方でした。その後、やなせさんが主催された音楽会に何回か呼んでくださったんですが、そこでお目にかかるといつも『おなかすいていませんか?』とか『元気ですか?』とか、すごく優しく声かけてくださったのがとても印象に残っています。だから、“いろいろ報われていないけど優しいおじさん”、失礼ながら私が小学生の時は、そういう印象が強かったです」

──「あんぱん」の脚本を書く上で取材されて、初めて知ったことはありますか?

「取材を通してあらためて感じたのは、私自身、奥さまのことをほとんど知らなかったということです。お会いしたこともありませんでしたし、『ハチキン(男勝り)おのぶ』や『いだてんおのぶ』と呼ばれていた、非常にパワフルな女性だったということも今回初めて知りました。朝ドラでは『妻が支えて』という描かれ方もしますが、暢さんの場合は、むしろ彼女がやなせさんを引っ張り上げ、背中を押して東京に連れて行った、という印象です。実際に東京へ出る決断をした時のエピソードなどを聞いても、この奥さんがいなかったら、今私たちが知っているやなせさんはいなかったかもしれない、そんなふうに思わされました」

朝ドラ執筆の大変さと「あんぱん」への愛情――朝ドラの体力勝負とお酒との付き合い方

──前作「花子とアン」(2014年/NHK総合ほか)の執筆も苦労されたそうですが、具体的に何が一番大変でしたか?

「もう、とにかく書く“量”が大変でした。朝起きた瞬間から息つく暇もなく、とにかく書き続けなければいけない。私はお酒を飲むのが大好きなんですけど、たまに飲みに行って息抜きをすることすらできないくらいの忙しさになりますし、私は筆が早い方ではないので、常にプレッシャーも感じていました」

──今回は前回よりも制作がだいぶ順調に進んでいると伺っていますが?

「はい、今は、飲みに行くといってもスタッフとだけですし、結局は仕事の話ばかりをしているので、“24時間朝ドラ漬け”という感じですね」

──とはいえ、完全に断酒というわけではないんですね。ご自宅ではどうされていますか?

「私は夜型なので、今は夜に脚本を書いて、翌朝、BSと地上波で『あんぱん』の放送を見て、そのまま『あさイチ』(月~金曜午前8:15)の朝ドラ受けを楽しんで、そのあたりで缶ビールを一本だけ開けます(笑)。そこからようやく寝るという生活ですね」

──「花子とアン」よりも話数が少なくなっていますが、その影響はありますか?

「今回は月曜から金曜までの5日間構成なので、比較的まとめやすくなりました。『花子とアン』の時は、週6日放送だったので、特に土曜日が大変でした。週の内容が金曜日で一区切りついてしまうと、土曜に描くことがなくなってしまって…。それが一番苦しかったこともありました。その点、今回は5日間でぎゅっと話を運べるので、当時よりは楽ですかね……。いや、でも、自分の体力が落ちていることもあって、実際には“十分に長い”と感じながら書いています(笑)」

豪華キャストが彩る“あんぱん”の世界――俳優陣の力と脚本への影響

「文通相手がやなせたかし」中園ミホが明かす「あんぱん」誕生秘話と朝ドラへの覚悟

──結太郎がわずか4回で旅立つという展開には驚かされました。加瀬さんや嵩の父・清役の二宮和也さんなど、豪華なキャストがそろっていて、とても特別な印象を受けます。

「それはもう、倉崎プロデューサーはじめ制作チームが本当に頑張ってくださったおかげです。こんなドラマ、本当にないと思います」

──実際に映像になったものをご覧になって、期待を上回る演技や仕上がりになっていたシーンはありましたか?

「たくさんあります。私の頭の中で想像していたものより、映像の世界はもう何十倍も広がっていました。俳優さんたちも素晴らしいですし、美術セットや照明、音響、音楽などもとてもすてきです。特に柳川強監督が、毎話本当に丁寧に、熱心に向き合ってくださっていて、できあがった映像を見ながら『えっ、これ私が書いた話だったっけ?』と驚くこともあります(笑)」

──特に主演の今田さんと、嵩役の北村さんの演技が素晴らしいと感じました。実際にご覧になって、印象はいかがでしたか? また、脚本に影響はありましたか?

「もう本当に、2人とも素晴らしいですね。映像が上がってくるたびに、感動しています。私の執筆は、頭の中に小さなモニターがあって、そこで登場人物たちが動いたりしゃべったりしているのを見ながら、セリフを書いているという感覚なんですけど、2人が魅力的に役を演じてくれることで、その想像の世界がどんどん豊かになっていくんです。実際の映像で『こういう時にこんな顔をするんだ』と驚かされる瞬間も多くて。今田さんや北村さんだけでなく、江口のりこさんが演じるお母さんの羽多子も素晴らしいし、蘭子(河合優実)、メイコ(原菜乃華)の三姉妹も見応えがあります。そして、青春期をたっぷり描けていることが、とても楽しいんです。正直、書くのは体力的に大変だけど……それでも“ずっと見ていたい”、そう思わせてくれるキャストばかりです」

──今田さんとは、現場などで言葉を交わす機会はありましたか?

「今田さんとは『ドクターX』でもご一緒しているのですが、とても性格がよくて、そのことが画面にも表れています。のぶは気の強いキャラクターなので、演じる女優さんによってはちょっとうるさい印象になってしまう可能性もあるのですが、今田さんだから大丈夫、と信頼して書けました」

「文通相手がやなせたかし」中園ミホが明かす「あんぱん」誕生秘話と朝ドラへの覚悟

──北村さんについては、演技をご覧になって、どんな印象を受けましたか?

「第1回の冒頭シーンを見た瞬間に『えっ、これ、やなせさんそのままじゃない?』って思ったんです。私が実際にお会いしたやなせさんは、本当にああいう雰囲気の方でした。姿や声だけでなく、たたずまいに“やなせさんの気配”があって、思わず鳥肌が立ちました。北村さんがどうやってあの役作りをされたのか、私には分かりません。若い俳優さんが、中年のやなせさんをあそこまで自然に演じるって、簡単なことではないと思うんです。実際に会ったこともないはずなのに、まるで乗り移ったかのようなリアリティーがありました。だから、もしかしたら現場にやなせさんが“降りてきている”のかもしれない、そんなふうに感じたんです」

やなせの故郷を歩き、思いを受け継ぐ——高知での取材と“気配”を感じた瞬間

「文通相手がやなせたかし」中園ミホが明かす「あんぱん」誕生秘話と朝ドラへの覚悟

──中園さんはいつも徹底した取材をされていると聞きましたが、「あんぱん」に関してはどのような取材をされたのですか?

「今回ももちろん取材はしっかりとしました。スタッフたちと一緒に高知へも行って、高知新聞を訪ねました。ただ、当時はまだ発表前だったので、極秘で動かなければならず。私は相手に名刺も出せない。多分、怪しいおばさんだと思われていたんじゃないかしら(笑)。でも、後になって高知新聞の方が『あの時の方が中園さんだったのか』とコラムに書いてくださって、申し訳ない気持ちでした」

──ほかには、どんな場所を訪れましたか?

「後免町、やなせさんが生まれ、おばあさんのところに引き取られた場所も訪ねました。緑の深い土地で、こういう場所で育ったんだなあと感じました。また、やなせさんの晩年を支えた越尾(正子)さんという秘書の方からも、たくさんお話を伺いました。やなせさんの暮らしがそのまま残っている事務所で、実際に使っていた引き出しまで開けさせていただいたんです。『こんな派手なパンツ履いていたんだ』なんて思いながら(笑)、細かいところまで見せていただきました」

──とても深い取材をされたんですね。

「はい。その事務所、実は私が子どもの頃、手紙を送っていた場所でもあって。スタッフと待ち合わせしていた時に『ここにずっと手紙を送っていたんだ』と気付いて、ちょっと不思議な感覚になりました」

──放送が始まって、中園さんのもとにはどんな反響が届いていますか?

「私はSNSを見ないので、世間の声がどうかはあまり分からないんですが、高知では“総合視聴率が41.6%”と聞いて、“おしんかよ!”って(笑)。本当にびっくりしていますし、とてもありがたいです。友人たちは『面白いよ』と励ましてくれたりもしますし、それから、高知の町がすごく盛り上がってくれていると聞いてうれしくなりました。知人が高知へ行った時、街中が『あんぱん』一色だったらしくて、写真を送ってくれました。地元の人が喜んでくれているというのは、何よりもうれしいです。それが日本中に広がっていったらいいなと、心から思っています」

──ここで少し雰囲気を変えて、前半最後の質問を。執筆が終わったら、やってみたいことはありますか?

「2日酔いになるまで飲みたいです(笑)。朝ドラは1日1話は書かなければ間に合わないのですが、2日酔いになると1日丸々潰れてしまって、1日サボると翌日2話分書かなきゃいけなくなる。でも終わったら、思いきりたがを外して飲みたいですね」

※後編に続く

【番組情報】
連続テレビ小説「あんぱん」

NHK総合
月~土曜 午前8:00~8:15 ※土曜は1週間の振り返り
NHK BS・NHK BSプレミアム4K
月~金曜 午前7:30~7:45

取材・文/斉藤和美

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