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「バニラな毎日」制作統括&演出家が語る“とことんリアリティーを追求した”裏話2025/02/10

「バニラな毎日」制作統括&演出家が語る“とことんリアリティーを追求した”裏話

 1月20日からNHK総合で放送がスタートした、夜ドラ「バニラな毎日」(午後10:45)。賀十つばささんの「バニラな毎日」「バニラなバカンス」を原作に、倉光泰子さんが脚本を担当。パティシエとしての修業を積み、大阪で夢だったこだわりの洋菓子店を開いた白井葵(蓮佛美沙子)だが、経営がうまくいかず、店を閉じることに…。そこにクセの強い料理研究家、佐渡谷真奈美(永作博美)が現れ、閉店した白井の店の厨房(ちゅうぼう)で、“たった一人のためのお菓子教室”を開く。

 先週放送の第3週では、過去に犯したあることに悩み続けているという優美(伊藤修子)がお菓子教室に。白井と佐渡谷に助けられ、作り上げたモンブランを口にすると、母への思いがあふれ、長年抱えていた母への罪の意識が和らいでいく。優美の帰宅後、白井はパティスリー経営の厳しさやつらかった気持ちを佐渡谷に告白。佐渡谷はそんな白井にも優しく寄り添う。佐渡谷とのお菓子教室に手応えを感じていた矢先、白井の元にアルバイト先のベーカリーの本社から思わぬ誘いが舞い込み…。

 今回は、本作の制作統括の熊野律時さん、演出チーフの一木正恵さん、企画の影浦安希子さんにインタビュー。蓮佛さんをはじめ、永作さんや木戸大聖さんらキャスト陣の魅力、こだわりの詰まった撮影の裏話などを聞いた。

――蓮佛さんは手元の吹き替えなしでパティシエを演じられているんですよね。蓮佛さんのお芝居はいかがでしょうか。

一木 「ゾクッとするほどにすさまじいなというのが、現場で見ていた時の印象です。特に、第2週のオペラ作りでは、約11分セリフなしで黙って作り続けるシーンだったのですが、ものすごいものを撮っている感覚になりました。2カ月くらい前から道具をそろえて家で毎日練習をしていただいて。現場でも、自分の厨房を熟知している迷いのない動きのために、リハーサルに妥協なく取り組んでいただいて。気迫のこもった調理シーンになりました」

「バニラな毎日」制作統括&演出家が語る“とことんリアリティーを追求した”裏話

――蓮佛さんと永作さんの魅力を教えてください。

一木 「当代随一の女優2人という感じで、ぜいたくで豊かな時間を過ごさせていただきました。蓮佛さんは、ガラス細工のような危うさと透明感と美しさで、孤高のパティシエを演じてくださっています。実際のパティシエさんたちを数多く取材したのですが、朝の7時から24時まで働いても間に合わないぐらい重労働なんだそうです。心も体も消耗してしまって、壊れてしまいそうな危うさを秘めたパティシエの姿をこの上なく表現していただきました。白井さんと蓮佛さんは同一人物なんじゃないかというぐらいはまっていて、彼女の確かな調理テクニック、そして情感あふれるお芝居が、このドラマの最大の魅力です。永作さんは、本当にキュートかつ変幻自在のお芝居で、白井さんを癒やすために笑わせようとしながら、ふわふわと漂うように演技をしてくださるんです。ミステリアスさが永作さんの魅力だと私は思っているのですが、ちょっとやそっとじゃ本心を見せない、天使なのか悪魔なのか分からない佐渡谷さんが与える厨房への緊迫感が、ドラマ前半を引っ張っています」

「バニラな毎日」制作統括&演出家が語る“とことんリアリティーを追求した”裏話

――作中に出てくるお菓子が本当においしそうなのですが、どんなふうに撮影されたのでしょうか?

一木 「クランクインする前に私たちが全てのお菓子作りの工程を製菓指導の先生方から学びました。クランクインしてからも、照明やアングルにもこだわって何度もカメラテストをして。カメラは、シネマカメラで映画にも対応できるもの、かつ単焦点レンズを使って深みのある映像を作っていきました。『1日お菓子を撮るための日』を何日も設けて、丁寧に撮ったのでその成果が出ていると思います。今作は、膨らんだり、香りが漂ってきたり、プクプクしてきたり…というお菓子作りのプロセスに登場人物が刺激を受けて、本音を明かしたり、気持ちが変わったりするので、完成品の美しさももちろんですが、スローモーションを使って湯気や膨らみ、気泡なども逃さないように注意しながら撮影しています」

――ちなみに、白井さんの厨房にある大理石のテーブルは本物なのですか?

一木 「もちろん本物です。白井さんのパティシエとしてのこだわりを象徴している一方で、大きなオーブンや大理石など完璧な道具にこだわり過ぎた結果、借金を背負ってしまったという背景も表しています」

――お店は古民家をリノベーションしていますが、これは原作にはない設定ですよね?

熊野 「原作は東京の設定ですが、私たちが大阪で制作するにあたって白井さんが借金しながらお店を開く場所を探していく中で、(大阪市城東区の)蒲生4丁目で、住む人がいなくなった古民家を再生して、新たなお店を開くことを支援する取り組みが広がっていることを知りました。そういうバックグラウンドがきちんとあることで、リアリティーも生まれるかなと」

一木 「実家などの援助がない人が自営業として店を構えられる場所を厳密に考えると、神戸や大阪の中之島や北浜、梅田など中心街は到底無理ですよね。通勤ルートもリアリティーを持って作りました。白井さんのアパートは4万5000円で借りられる、淡路という場所に設定しています。お店のある蒲生4丁目までは、淀川を越えて自転車で40分ぐらいかかると思います。自分の家賃を4万5000に抑えて、必死にパティスリーを開いたという彼女の人生をしっかりと具現化するために考えました」

「バニラな毎日」制作統括&演出家が語る“とことんリアリティーを追求した”裏話

――白井さんは40分間自転車をこいでいる間にきっといろんなことを考えているんでしょうね。

一木 「通勤で橋を渡るシーンがありますが、橋そのものが現代っぽく言うと、境界、超えられない何かの象徴というか。自分の店、また佐渡谷さんや秋山静(木戸大聖)が住んでいる場所に来るために、白井さんは橋を必死に渡ってこないといけない。自転車で橋を渡っている時に考えていることや、表情にも意味があって、橋はこのドラマの一つのカギになっています」

――白井さんは標準語ですが、どこの出身という設定なのですか?

一木 「ドラマの中の白井さんは岐阜県出身という設定です。製菓学校に入るために大阪に来るけれど、関西弁ではないんです。佐渡谷さんは、北浜や中之島という水辺の美しい、富裕層もいるエリアに住んでいるんです。白井さんがアルバイトをしているパン屋さんやカフェはその辺りにある設定です」

――このドラマの発案は影浦さんなんですよね。賀十つばささんの原作をドラマ化したいと思ったいきさつを教えてください。

影浦 「書店巡りをしていた時に、おいしそうな装丁にひかれたのが最初で。登場人物が悩みや痛みを抱えている本はいろいろありますが、重過ぎないあんばいで描いてらっしゃって。登場人物たちと接する中で主人公自身もほぐれていくというストーリーと、佐渡谷さんという強烈だけど芯が温かいおばちゃんに魅力を感じました。あと、作中でも出てきますが、家族や会社ではないサードプレイスとして自分を出せるお菓子教室の存在がすごく貴重だし、夜ドラに合うと思いました」

――影浦さんは、ドラマ部に着任してまだ1~2年とのこと。企画が通った時はどんなお気持ちでしたか?

影浦 「『映像化に向けて進みそうだ』と聞いた時は、正直あまり実感が湧かなくて。熊野さんを含めてメンバーが構成されていく中で、『これから動いていくんだ』と感じて、すごくうれしかったです」

――企画書を作る上で一番大切にされたのはどういうところでしょうか。

影浦 「原作の良さを一番に大切にするべきだと思っていたので『原作の良さをなくさない』ということと、『映像化することで生まれる価値をどう付加していくか』を丁寧に考えました」

――今回お菓子教室に参加する人たちの中でキーパーソンとなるミュージシャン・静を演じる木戸さんの起用理由も教えてください!

一木 「Netflixで『First Love 初恋』(2022年)を見て、高校生にしか見えないあどけなさなのに、言っていることに芯があり、木戸さんの唯一無二の価値だと感じて。純度、ピュアさ、誠実さが桁違いにすごい人だと思って興味を持ちました。今回は、『First Love 初恋』の時とは違う魅力を引き出したくて、男な部分や、色っぽさを出せればと思っていたんです。でも、今の木戸さんが持っている、実年齢からは考えられない(若く見える)外見、だけど精神はしっかりと成熟しているアンバランスさが持つはかない魅力がすごかったので、これを逃さないように撮る方が大事だなと。彼の、もしかしたら今最大に放たれている、一瞬の輝きみたいなものを逃さないように注意していました。最近気付いたのですが、永作さんも実年齢からは考えられないくらい若く見えるので、実年齢とのアンバランスさを持っていて。その魅力が善なのか悪なのか分からない多面的で不思議な感覚を生んできたと思うんです! 永作さんの魅力を引き継ぐ次のスターが木戸さんだと気付いて。一つの現場にこの2人がいるのがおもしろいなと思っていました」

「バニラな毎日」制作統括&演出家が語る“とことんリアリティーを追求した”裏話
「バニラな毎日」制作統括&演出家が語る“とことんリアリティーを追求した”裏話

――木戸さんは今回、SUPER BEAVERさんの楽曲を歌唱するんですよね。

一木 「静を歌手の方に演じていただくか悩んだんです。でも、これだけたくさん芝居のシーンがあるので、役者の方に歌を練習していただくということになって。木戸さんにしたくて、NHKアーカイブスに残っている『おとうさんといっしょ』をありったけ見返して、木戸さんの音域を調べました。結局音域は分からなかったのですが、『みんな~行ってみよう!』という掛け声が高かったので、大丈夫だろうと(笑)」

――SUPER BEAVERさんがドラマの音楽を担当することになった理由も教えてください。

熊野 「静が歌う歌がとても重要で、歌自体にパワーがないといけないと思って。スタッフみんなで調べていた時に名前が挙がってきたのがSUPER BEAVERさんでした。歌詞もストレートでメッセージが力強く、今を生きる人への応援歌を届けている方たちだなという印象があって。なおかつ、デビュー後に大きな挫折を経験しているんですよね。一度インディーズに戻って地道な活動をして、10年後にまたメジャーに戻ってきたと。そういったことが今回の静が置かれている境遇の参考になると思ってお願いしたんです」

一木 「歌詞を作る際に、柳沢亮太さんともかなり突っ込んでお話をさせていただいて。ミュージシャンなど、モノ作りをする人間が、“自分の好きなことにまい進することで受ける痛み、そこから救われる瞬間はどういう時か”を、突き詰めて作っていただいて。ものすごく愛情を込めてくださったので、歌詞にも注目していただきたいです」

――木戸さんの歌唱シーンはいかがでしたか?

一木 「木戸さんが聞いていた音源は、すでに渋谷龍太さんが声を入れているので最初はおじけづいていましたが、何回も練習して、必死に食らい付いて、静が歌う歌として少しずつ自分なりの表現を手にしていました。本番はライブハウスでエキストラさんの前でのパフォーマンスだったので、緊張してナーバスになってしまうんじゃないかと思っていたのですが、300人ぐらいのエキストラさんたちが一瞬たりとも飽きないようにずっと話しかけ続けていて。メイクを直す時も舞台袖にはけずに、300人が見ているまま直してもらっていたぐらい、ずっとエキストラさんを楽しませていました(笑)。木戸さんの素晴らしい人柄が出たシーンです。身震いするような映像ができたと思います」

「バニラな毎日」制作統括&演出家が語る“とことんリアリティーを追求した”裏話

――最後に、視聴者の方にドラマを通して届けたい思いを教えてください!

影浦 「劇中の登場人物もそうなのですが、1~2回のお菓子教室で悩みが完全に解決されるわけではないんです。皆さんも分かってはいると思うのですが、“相談できる人がいる”と気付くことで、理想とは違う自分も受け入れることができたり、救われる人もいるのではないかと思っています。このドラマがその小さなきっかけになればうれしいです」

熊野 「今回、心理考証を担当してくださったカウンセラーの話を聞いていく中で、病名がつくほど深刻な状態ではないけれど日々心の中でしんどささやつらさを感じている人、周りの人に相談しても答えがもらえるかどうか分からないから言えなくて苦しんでいる人がたくさんいるのだと知って。そんな中で、『視点を変えてみたり、悩みを言える場所ができると、ちょっとだけ自分の心が軽くなる』こともあるということをこのドラマを通じて少しでも感じていただけたらいいなと思って作りました」

――ありがとうございました。引き続き楽しみにしています!

「バニラな毎日」制作統括&演出家が語る“とことんリアリティーを追求した”裏話

【番組情報】
夜ドラ「バニラな毎日」

NHK総合
毎週月曜~木曜 午後10:45~11:00

取材・文/Kizuka(NHK担当)



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