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五輪でのメダルを狙う走り高跳びのエース・戸邉直人選手が登場!2020/03/04

Cheer up! アスリート2020!

 世界最高峰で戦うアスリートとして、さらに研究者として走り高跳びに打ち込んできた戸邉直人(JAL)。五輪において日本人初となる走り高跳びでのメダル獲得に向け、高みを目指す彼が抱いている思いとは!? 研究の成果が表れた彼ならではの跳躍の秘密についても直撃!

実践と理論で、高みへ跳べ!

 五輪や世界選手権で日本人選手がメダルを獲得したことがなく、「日本人は世界で戦えない」と評されていた走り高跳び。しかし、2019年に戸邉が2m35を跳び、日本記録を更新して世界ランク1位(当時)に立つと、一気に東京五輪での日本のメダル有力種目に浮上した。

「選手としてのキャリアを考えた時に、20年の五輪が年齢的に一番記録もメダルも狙える五輪になるというのは、開催地が東京に決まる前から思っていました。東京に決まった日はよく覚えています。ちょうど13年のインカレ(大学選手権)の日で、朝、早起きしてあの『TOKYO!』と発表されるニュースを見ました。インカレは昔の国立競技場で行われていて、自己ベストも出せましたし、“20年はまたここで跳んでやるぞ”という気持ちになりました」

 20年の五輪が自国開催という巡り合わせに恵まれただけでなく、19年に日本新記録を樹立し、自身が思い描いた通り、最も記録とメダルを狙える五輪になる。

「日本記録を更新した試合はシーズンの最初だったので、実は半分様子見でした(笑)。試合の中で調子がいいことがだんだん分かってきたので、今日は記録を狙っていこうと切り替えました。いいトレーニングはできている手応えはありましたが、シーズン初戦で記録が出ることはあまりないので驚きましたね。目標の記録は2m40で、跳べれば世界歴代10位程度に入れる高さ。日本記録を出した時の感触からすると、自分の力を全て出せれば跳べると思っています」

Cheer up! アスリート2020!

 戸邉の強みは、日本記録を出した時にも発揮された、その場の適応力。それは一流アスリートの感覚と、自らのパフォーマンスを研究し、博士号を取得した理論が融合して養われた。

「研究では、走り高跳びの動作分析を行って、どんな動きが高く跳ぶために有効なのかを考えています」

 研究成果でもある戸邉の跳躍は、他の選手より助走が短く、シングルアームで跳ぶという独特のものである。

「助走が短いのは、競技場の広さが理由です。どんな競技場でも取れる6歩助走にしました。アームに関しては、力を出す観点から言うと、踏み切り時に両腕を動かすダブルアームが有利ですが、両腕を使うためには助走途中で動作を合わせる必要があり、どうしても力のロスが生じてしまいます。それで、試しに踏み切り時に片腕を動かすシングルアームにしてみたら、うまくハマりました! 日本記録を出せたので二つの技術変更はうまくいったと思っています。選手によって、助走の距離や走り方、腕の使い方などが違うので、そうした部分を見比べると、より走り高跳びが楽しめると思います」

 東京五輪に向けては、コンディションを最高レベルにするため、調整を図っている。

「実際に自分がどれくらい跳べるのかは試合でしか分かりません。走り高跳びでは、誰しも練習で試合のマイナス10cmを跳べればいいくらい。僕は2m35が自己ベストですが、練習で2m30を跳べたことが1回あるだけで、2m25が跳べればすごく調子が良かったという感じです。それだけ試合でパフォーマンス力が上がる種目なので、試合に出場しながら色々チェックしていくことになります。そして、本番となる五輪では、試合の展開にしっかり対応すること、冷静な判断ができるかが大事になってくると思います。東京開催に決まる前から最高の大会にしようと準備してきましたし、今は待ち切れない気持ちでいます。自己ベストの更新はもちろん、順位では金メダルを取れるように頑張りたいです」

Cheer up! アスリート2020!

【TVガイドからQuestion】

Q 思い出に残っているスポーツ名場面を教えて!

「2008年の北京五輪100m決勝でのウサイン・ボルト(ジャマイカ)の走りが印象的でした。ボルトにとって初めての世界タイトルでしたし、最後の方は両手を広げたり、胸をたたいたりしていたのに世界新記録を出したのでインパクトがありました。ボルトは、その後に何度も世界一になって世界記録を更新していますが、北京五輪の印象が一番強烈です。高跳びとは違う種目でも、“こんなふうに走るんだ”と技術面が気になったりもします」

【プロフィール】

戸邉直人(とべ なおと)

1992年3月31日千葉県生まれ。牡羊座。O型。

▶︎小学生の時に陸上大会出場のために走り幅跳びをやっていたが、「先生から勧められたのがきっかけ」で走り高跳びを始める。その後、「一瞬、重力から解放される浮遊感がある」という理由で走り高跳びにハマる。

▶︎中学、高校で日本一を経験し、2010年の世界ジュニア選手権に出場。「銅メダルを獲得して、五輪でメダルを獲得したいと具体的に思い描くようになりました」と語るように、意識が世界へ。また、この大会で金メダルを取ったムタズ・エサ・バルシム(カタール)については、「大会以降、ずっと背中を追いかけてきた選手なので東京五輪で勝ちたい」と。

▶︎16年リオ五輪はけがの影響や恩師を亡くしたショックもあって出場権を逃す。休養も考えたが、「あえて練習に取り組むことで、前向きな気持ちを取り戻せた」と、東京五輪に向けて動き出す。

▶︎19年に日本記録を更新し、今年も欧州へ遠征。JALアスリート社員。

取材・文/山木敦 撮影/Marco Perboni



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