映画「国葬の日」プロデューサー・前田亜紀が考える、情報の取捨選択以上に大切なこととは?2023/08/31
私たちが正しく判断するために、今、何をどう知るべきか――その極意を学ぶ連載「私のNEWSの拾い方」。月刊誌「スカパー!TVガイドBS+CS」で掲載中の人気連載を、TVガイドWebでも展開中。9月号では、9月16日から東京・ポレポレ中野を皮切りに全国順次公開される大島新監督が手掛けた「国葬の日」の前田亜紀プロデューサーが登場。社会を取り巻く空気から、私たちがつい避けてしまうニュースとのある関わり方について話を聞いた。
POINT ◆社会や政治について対話することを恐れない
――前田さんは普段どうやってニュースに接していますか?
「私は新聞が好きなので、新聞を1紙購読しています。そのほかにデジタル会員で読んでいる新聞が2紙。テレビのニュースは、NHK BS1の『ワールドニュース』を毎日見ていますが、それ以外はあまり見ないですね。人目を引くものや誰からも怒られなさそうなものばかりやっている印象があって。たとえば話題になっている殺人事件について、かなり細かい情報まで伝えているのを見ると、『番組の尺は限られているのに、その事件にそこまで時間を割く必要があるのかな?』と思ってしまいます。ニュースを一種のエンターテインメントとして消費している人が、一定数いるということなのかもしれません。ネットのニュースも見ますが、最新の記事や話題の記事ばかりが目に入ってきがちで、全体像を捉えるのが難しいな…という印象があります」
――安倍晋三元首相の国葬当日に、全国10カ所で人々にインタビューした映画「国葬の日」を見ると、意見がくっきり分かれているかと思いきや、むしろふわっとした意見の人が多い印象でした。昨今よく言われる「分断」もあるとは思いますが、それ以上に「無関心」や「空気に流される」の要素が強いようにも感じます。
「以前よりも新聞の購読数は落ちていて、かといってテレビニュースの視聴率がいいわけでもないので、社会への関心や、他者への関心が薄れているのかもしれません。『世界のどこかで何かが起こっても、それは自分とは関係ない。それを知ったところで自分の役には立たない』みたいな感覚が、より強くなっているように感じます。情報があふれすぎているせいかもしれないし、みんな余裕がなくなっているせいかもしれない。個人的には『自分が何かに関心を持って声を上げたところで、どうせ何も変わらない』という諦めの感覚が大きいように思います。諦めといえば、いろいろ取材していると、この国は『ルール至上主義』だなと感じることがよくあります。ある法律があって、それに不満があったとしても、それを変えていこうという方向に意識が行かず、『ルールだから仕方がない』と受け入れてしまう人が多いというか」
――「決まっちゃったんだからしょうがない精神」の裏には、交渉や話し合いを避けたがる傾向があるのかもしれません。面倒くささから来ているのか、恥ずかしさから来ているのかは分からないですが…。
「『国葬の日』に登場する若者で、『友達と政治の話をするのは避けている』という人がいました。それはきっと彼だけのことではなく、たくさんの人が“処世術”として、そういうことをやっているのだと思います。でもそうやって話し合いを避けることが、『社会への無関心』や『ふわっとした認識』につながっているのかもしれません。たとえば劇中でも、沖縄の辺野古でインタビューすると、はっきりとした意見が返ってくる。それは普段から彼らが意見を言葉にしているからですよね。街頭でインタビューされて、ふわっとした答えになってしまう人は、それまでそんなことを聞かれたことがなかったのだと思います。だから…というわけでもないのですが、今回の劇場公開にあたっては『ティーチイン(上映後の意見交換)』を企画しています。映画を見て感じたこと、疑問に思ったことを言葉にする。自分と違う意見の人にも耳を傾けてみる。そういう『対話』の機会を設けることは、映画だけでなく社会について考える上で有益なことだし、実はニュースについても『情報の取捨選択』以上に『そのニュースについて対話する』ということが本当は大事なのだと思います」
取材・文/前田隆弘
【プロフィール】
前田亜紀(まえだ あき)
2001年から番組制作の仕事に携わる。現在、映像制作会社「ネツゲン」に所属。「ETV特集」(NHK)、「NONFIX」(フジテレビ)などでドキュメンタリー番組を手掛けるほか、プロデュース作に大島新監督「なぜ君は総理大臣になれないのか」「香川1区」「国葬の日」などがある。
【公開情報】
「国葬の日」
9月16日 ポレポレ東中野(東京)、9月23日 第七藝術劇場(大阪)ほか全国順次公開
安倍晋三元首相の国葬が行われた2022年9月27日。大島新監督が全国10都市で記録した人々の姿から、現代日本を問う。
配給/東風 監督/大島新 プロデューサー/前田亜紀
【「見つけよう!私のNEWSの拾い方」とは?】
「情報があふれる今、私たちは日々どのようにニュースと接していけばいいのか?」を各分野の識者に聞く、「スカパー!TVガイドBS+CS」掲載の連載。コロナ禍の2020年4月号からスタートし、これまでに、武田砂鉄、上出遼平、モーリー・ロバートソン、富永京子、久保田智子、鴻上尚史、プチ鹿島、町山智浩、山極寿一、竹田ダニエル(敬称略)など、さまざまなジャンルで活躍する面々に「ニュースの拾い方」の方法や心構えをインタビュー。当記事に関しては月刊「スカパー!TVガイドBS+CS 2023年9月号」に掲載。
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